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第176話 後ろ盾がすごい女

 フランスはネコの姿で目が覚めた。


 夜明けね。


 あのあと、特に騒ぎはおこらなかったようだ。あたりはしんとしている。

 すぐに、扉をノックする音がした。アミアンがぱちっと目を覚まして、すぐにベッドから出た。


 こんな早くに、誰かしら。


 アミアンが扉をあける。

 部屋に入ってきたのはダラム卿だった。


 彼は、部屋に入ると、アミアンに向き合って、心配そうな顔で言う。


「アミアン、昨日賊をとらえたそうですね」


「はい」


「怪我など、していませんよね?」


 アミアンがにっこり答える。


「していません」


 ダラム卿がアミアンをぎゅっと抱きしめた。


 おお!


 フランスはなんとなく、ネコの身体を、枕とまだ眠っているイギリスの身体に隠すみたいにして、ふたりの様子を見た。


 ダラム卿がアミアンを抱きしめたまま言う。


「心配しました。あなたに、何かあったらと」


 アミアンが、なぐさめるようにダラム卿の背をぽんぽんとして言った。


「傷ひとつついていませんので、安心してください」


 ダラム卿はすぐにアミアンをはなして、きょろきょろした。


「陛下とフランスも、こちらにいますよね?」


「陛下はまだ眠っていらっしゃいます。お嬢様は、隠れてこっちをのぞいていますね」


 ばれてる。


 フランスはネコの手で、聖女フランスの姿をしたイギリスの頬を、ぺちぺちした。


 イギリスが目を覚ます。


 アミアンがイギリスの身支度を手伝う間、フランスはイギリスの姿でダラム卿と部屋を出た。部屋の前を守っていた教皇直属の騎士が、ぽかんとした顔でフランスを見ていた。


 部屋に入って行ったのはダラム卿だけだったのに、なぜ皇帝まで出て来るのか、といった顔だろうか。


 まあ、いっか。


 フランスも一度部屋に戻って身支度をする。


 あらためて、準備をすませて、四人でフランスの部屋に集まった。応接用のテーブルに向かって四人で座る。


 ダラム卿が口をひらいた。


「どうやら、このままフランスの教会に戻るのは難しくなったようです」


 まあ、そうよね。


 本当なら、朝食をすませたあとに、馬車で出発するはずだったが、あの騒ぎのあとじゃ、誰もここを動けないだろう。


 ダラム卿が続けて言う。


「今は、教皇直属の騎士団と、西方の騎士団が動いているようなので、音沙汰があるまで我々はここに待機ですね」


 フランスは一応聞いてみた。


「カーヴの様子を見に行きたいんですが、それも難しそうでしょうか」


「ええ、西方大領主からの通達で、だれも城外に出ないよう騎士たちが目を光らせているようです」


 大丈夫かしら、カーヴ。


 フランスは、ひとつため息をついた。




     *




 結局、音沙汰があったのは昼をすぎてからだった。


 城内の奥まった場所にある、大きな広場に人々が集まる。


 まわりを騎士たちが固めている。ものものしい雰囲気だ。今回の式典に参加したものは、ほとんど集まっているように見えた。


 フランスは聖女たちが集まっている一角に行った。

 ブールジュもいる。


 近づくと、ブールジュが気づいて、手を振りながらフランスを呼んだ。


「フランス!」


「ブールジュ!」


「あんたのとこ、聖騎士が怪我したんだって?」


「うん。ブールジュのところも何かあったの?」


「どこも一緒よ、聖女の部屋が狙われたのよ。でも、聖女には被害は出てない。護衛騎士の一部が被害にあっただけらしいわ」


「聖女だけ狙われたの?」


「そうみたいね。今から、捕まったものが見せしめに尋問されるのよ。処刑までされちゃうかも」


 ブールジュが、広場の中央に鎖で繋がれている男を指した。昨日、アミアンが捕まえてきた男だった。


 フランスはなんとなく声を落として聞いた。


「まだ、尋問していないの?」


 ブールジュがフランスの耳元に顔を寄せて、ひそひそと言う。


「もう一通り尋問は終わってるわ。教皇と領主の顔見てみなさいよ。すました顔しちゃって。もう、あの捕まった男が何も言わなくても関係ない。これは単に見せしめだし、今回の事件は帝国側のせいにするつもりで話が決まってるのよ」


 フランスは、顔をしかめて言った。


「帝国製の武器が見つかったからって、そんな……」


 ブールジュが、やだやだ、と言った感じで言う。


「あの捕まった男が何も言わずに死ねば、真実は消える。帝国製の武器が使われたって事実だけ残してね」


 フランスは、広場の奥を見た。

 シャルトル教皇と西方大領主がいるあたりに、イギリスもいた。


 フランスは、ブールジュに目を戻して言った。


「まさか、皇帝陛下が命じたとお考えではないわよね」


 それは考えにくいことのように思えた。

 停戦協定を結び、式典にまで参加した皇帝を、事件の発端とするのは、かなり無理がある。


 ブールジュがさらに声を落として、フランスの耳元でささやくように言った。


「シャルトルがどう考えてるかは分からないわ。でも、お父様は、あの皇帝陛下をあんたからひっぺがしたがってる。皇帝が聖女に近づくことを厭う帝国側の者のせいで起きた混乱だってことにしたいのよ」


「わたしから、ひっぺがす?」


 ブールジュが、嫌そうな顔をして、フランスをまじまじと見て言った。


「あんた、今の自分の状況ちゃんとわかってないでしょ」


「わかってるわよ」


「いいえ、わかってないわ。あんたの今の状況は、教国の教皇と、帝国の皇帝を後ろ盾に持つ、とんでもない女よ」


 フランスは思ってもみなかったことに、ブールジュの顔をまじまじと見た。


 ブールジュがため息をつく。


「ちょっと前までは違った。でも、今はそうでしょ? 教皇直属になるということは、教皇に忠誠を尽くすだけじゃない、その権威も与えられることになる。それに、この前の東側の舞踏会で、あの皇帝が言ったんでしょ。あんたに石を投げたものは、帝国の竜が八つ裂きにするって」


 フランスは、イギリスの姿に目をやった。


 ブールジュの声が、耳に刻まれるみたいだった。



「それは、あの赤い竜が聖女フランスを守護すると、おおやけに誓ったことに他ならないわ。最も、強力な後ろ盾よ」





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