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第174話 消えたアミアン

 フランスがイギリスの肩に頬をくっつけて、じっとしていると、イギリスが何かに反応するみたいに身体をはなして、扉の方を見た。


 すぐに、扉をノックする音が聞こえる。

 見張りの騎士だろうか、緊張したような、かたい声が聞こえてきた。


「陛下、問題がおきたようです」


 イギリスが、フランスから腕をはなして言った。


「はいれ」


 すぐに、帝国の騎士の一人がはいってきて、報告する。


「西方の騎士団から報せがありました。城内に賊が入ったようです」


「こちらへの被害は?」


「こちらにはありません。ですが、聖女フランス様の部屋に数名走らせたところ……」


 フランスはそこまで聞いて、急にひどくおそろしい気持ちになった。


 何かあったのね。


「アミアン様が行方不明です」


 フランスは、思わず立ち上がった。

 震えだした手をぎゅっとやる。


 となりで立ち上がったイギリスが、冷静な声で指示をとばす。


「教皇と大領主に、侍女の捜索で帝国騎士団を動かす旨を伝えておけ。同時に捜索開始。それと、ダラムのまわりの護衛騎士も増やせ」


「承知いたしました」


「わたしは聖女フランスの部屋に行く。何人かついてこい」


 そう言うとすぐにイギリスは、フランスの手をにぎって部屋を出た。


 フランスは、何も言えずイギリスの手をぎゅっとにぎって、ほとんど走るみたいにして部屋に向かった。


 アミアン。

 お願い無事でいて。


 そうしても仕方がないのに、気ばかりがあせる。


 フランスの部屋の前につくまでにも、教皇直属の騎士団や、西方大領主の騎士団が入り乱れて、城内は騒然としていた。フランスの部屋の前に、何人かが集まっている。


 廊下の端に、すわりこんでいる聖騎士の姿があった。


「カーヴ!」


 フランスは、イギリスの手をはなして、カーヴに走り寄った。カーヴの腕には、応急処置で布がまかれている。そこににじんでいるのは、血だ。


 フランスは、カーヴに顔をよせて言った。


「あなたは、癒された」


 光が心の内をなでる。


 カーヴが、心配をかけないようにか、フランスに向かって微笑んだ。

 フランスは、急かさないよう、慎重にゆっくりと訊いた。


「カーヴ。何があったの」


 カーヴが、慎重に息をはいて、一生懸命な様子で言った。


「急に、聖女、さまの、部屋に、押し入ろうとする男が、いて」


「うん」


「扉の前にいたから、揉み合いに、なって……、それで……」


 フランスは、必死な気持ちで聞いていた。


 カーヴも、言葉が止まらないようにか、ひどく胸につっかえさせながらも、口を動かし続けていた。


「さ、さわぎを聞いて、多分、部屋から、出てきた。……アミアンが。こ、声が聞こえた」


「うん」


 フランスは、聞きながらうなずく自分の声が、ひどく震えていることに気づいた。


「しばらく、したら、他の騎士が集まってきて、男たちは逃げていった。け、けど……、その時には、もう、アミアンが……、いなくて」


 フランスは、カーヴの怪我をしていないほうの腕をなでて言った。


「そっか。カーヴ、たたかってくれたのね。ありがとう」


「で、でも……、アミアンのこと、ま、守れなかった」


「今は、そのことは考えちゃだめ。あなたの無事が何よりも大事よ。アミアンのことは、陛下が帝国の騎士団を動かしてくれているから心配しないで。ね?」


 カーヴがうなずく。


 カーヴの腕の傷も、治療しないと。


 座り込むカーヴの隣に、教皇直属の紋章を持つ騎士がいた。どうやら、カーヴの応急手当をしてくれたらしい。応急処置用の道具を持っている。


 その騎士が、フランスに向かって言った。


「聖女様、どうやら傷が深いようです。癒しの力で、ある程度深い部分は癒されたでしょうが、早急に治療をした方が良い。良ければ、わたしが近くの修道院にある診療所までお連れいたします」


 フランスはうなずいて答えた。


「おねがいします。カーヴ、しっかり治療してもらうのよ」


「はい」


 フランスは、カーヴの額にキスした。


 イギリスが後ろから言う。


「お前たちも、ついて行け」


 フランスとイギリスの後ろについてきていた帝国の騎士の中から、ふたり、カーヴに近寄り、助け起こすようにした。


 カーヴが、騎士たちに助けられながら連れられてゆくのを見送っていると、イギリスがフランスのとなりに来て言った。


「きみの部屋は荒らされてはいないようだ。カーヴがしっかりと守ったんだろう。ただ……」


「ただ?」


「部屋の前にこれが落ちていたらしい」


 イギリスが手にしているのは、短剣だった。


「これは?」


「帝国製の短剣だ。カーヴが不審に思って、こちらの騎士に渡してくれたらしい」


 フランスは、短剣を見つめていた視線をイギリスに向けた。イギリスが眉間にしわをよせている。おそらくフランスも、同じような顔をしている。


「侵入者が落としていったのね」


 フランスの言葉に、イギリスがうなずく。


 聖女フランスに敵意を向ける帝国側の者の仕業か……、それとも、帝国が騒ぎを起こしたと見せたい何者かの仕業か……。


 どちらにせよ、やっかいなことになるわ。


 そこに、教皇直属の騎士の一団がやって来た。


 落ち着いた雰囲気の、おそらくまとめ役だろう身体の大きい男が、イギリスに向かって礼儀正しく礼をしてから言った。


「イギリス皇帝陛下、どうぞお部屋にお戻りください。また、すべての帝国騎士団を、城内外の捜索から撤退いただきますよう、お願いいたします」


「理由は、これか?」


 イギリスが帝国製の短剣を見せると、騎士がうなずいた。


「襲撃にあった他の場所でも、帝国製の武器がいくつか見つかりました。どうか、ご理解ください」


 そんな。

 アミアンの捜索ができなくなるわ。


 フランスは、震える己の手を落ち着かせようと、もう片方の手で手首をぎゅっと握りしめた。



 どちらの手も、ひどく震えている。





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