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第169話 聖下♡ VS 赤い竜

「聖下」


 フランスは、イギリスの腕においていた手をさっと離した。

 なんとなく、イギリスのほうを見られない。


 シャルトル教皇が、にっこりと微笑んで手を差し出して言う。


「フランス、こちらへ」


「はい、聖下」


 フランスが、シャルトル教皇のほうへ足を踏み出した時、イギリスがフランスの腕をつかんだ。


 振り向くと、無表情なイギリスの顔。

 でも、なんとなく分かる。


 これは……、不機嫌だわ。


 フランスが、どうしようか迷っていると、シャルトル教皇がはっきりと言った。


「イギリス陛下、その手をおはなしください。聖女が、困っています」


 困っているけど、その言い方では、まるでフランスがイギリスのことを迷惑に思っているような響きがあった。


 イギリスは、何も言わずに、ただフランスの腕をつかんでいる。


 イギリスの視線は、フランスの方ではなく、まっすぐシャルトル教皇に向けられていた。

 フランスはしっかりと掴まれている自分の腕を見た。


 はなすつもりは……なさそう。


 シャルトル教皇が、ふわりと微笑みながら、だが強い口調で言う。


「どうか、たわむれもほどほどになさって下さい。フランスは、我が国の聖女、わたしの直属の部下です。あなたのものじゃない」


 イギリスが、無表情に言う。


「きみのものでもない」


 シャルトル教皇が、微笑を消して、冷たい瞳で言った。


「それはどうでしょうか。フランス、こちらへ来なさい」


 彼の口調は、強くはなかったが、はっきりと命令の色を帯びていた。


 フランスは、己の腕に触れているイギリスの手に触れた。

 イギリスと目が合う。


 フランスは、ためらったが、はっきりと言った。


「イギリス、はなして」


 フランスの腕をつかんでいた力が、ゆるむ。


 イギリスの表情は、相変わらず無表情で、今はどんな感情がそこにあるのか、よく分からなかった。


 教皇に呼ばれれば、それを拒むことなんてできない。

 ただ、それだけのことなのに、なんだか胸が痛む。


 フランスは、一瞬イギリスの腕にちょんと触れてから、シャルトル教皇のもとに行った。


 シャルトル教皇が差し出す手に、触れて驚く。


 熱い。


 聖下……、熱が。


 フランスは、シャルトル教皇の顔を見上げた。

 彼は、さっきとは打って変わって優しい顔で微笑む。


「フランス、話があります。わたしの部屋へ」


「はい、聖下」


 シャルトル教皇は、普段するようにフランスの手を自らの腕に導いた。

 怪我をしているはずの彼の腕に、フランスの手がふれる。


 フランスは、恐ろしくなった。


 はっきりと異常だと分かるほど熱をもった聖下の手に、怪我をしている方の腕は耐えるようにわずかに震えていた。


 痛みが強いのかもしれない。


 昼餐会の間も、普段と変わらない姿をしめすためにか、怪我をしている腕をかばいもせずに使っていた。もう限界なのかもしれない。


 フランスは寄り添うように近寄って、シャルトル教皇の腕を両手で支えるようにした。


 そうしてから、気持ちが重くなる。事情を知らなければ、まるで聖女フランスがシャルトル教皇に身をすり寄せるように見えたかもしれない。


 そんなこと普段は気にしない。


 でも、今は、イギリスにどう見られるのか、それを考えると憂鬱だった。


 シャルトル教皇が、普段と変わらない余裕のある表情で言う。


「それでは、イギリス陛下、どうぞゆっくりとお過ごしください。われわれは、これで失礼いたします」


 フランスが視線を上げると、イギリスがこちらをじっと見つめていた。


 シャルトル教皇が立ち去ろうとしたとき、イギリスが口をひらいた。


「きみのやり方は、効果的だろうが、事を急げば亀裂が入る。木を曲げるには、時間が必要だ。急かせば、せっかくの木を、曲げる前に壊すことになる」


 シャルトル教皇は、立ち止まり、イギリスの顔を真っ直ぐに見つめ返して言った。


「だれもが、あなたのように長い時間を持っているわけではない。曲げる前に壊れれば、新しい木に変わる。それだけだ」


「危険な道だ。きみにとっても、聖女にとっても」


「危険でない道がありますか? あなたも同じようにしてきたはずです。昔は、前線に出て多くの命を奪っていたではありませんか。多くの者の、祝福の声も、呪いの声もあびたはずだ」


「そうだな」


「忠告には感謝いたします。ですが、これは教国の問題だ。そして、わたしとフランスの問題でもある。あなたには、関係のないことです」


 そう言って、シャルトル教皇は歩きはじめた。


 フランスは、その歩みについていきながら、そっと後ろを振り向いた。

 イギリスと目が合う。


 なぜか、なかなか視線を外せなかった。


 シャルトル教皇の部屋にたどりつくまで、ふたりの間に会話はなかった。


 部屋の扉が閉められ、二人になると、シャルトル教皇がフランスの頬に触れて言った。


「まるで心をどこかに置いてきたようですね……。イギリス陛下のことが気にかかりますか」


 フランスは笑顔で「いいえ」と答えようとした。


「……」


 いいえ、と言うべきよ。

 なぜ、できないのかしら。



 フランスは、不安な心もちで、シャルトルブルーの瞳を見上げた。






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