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第167話 ブールジュの変顔

 フランスは昼餐会の会場まで、聖女フランスの姿をしたイギリスをエスコートした。


 歩いている間も、イギリスがずっと小さい声で文句を言う。


「腹が苦しい」


「胸まで苦しい」


「動きづらい」


「歩きにくい」


「こんなじゃ、昼食を食べられない」


「靴をぬぎたい」


 止まらない文句に、ちょっと笑ってしまう。


 フランスもため息をついて、イギリスにだけ聞こえるように、小さい声で言った。


「わたしも、今、困ってるのよ」


「何に困ってるんだ?」


「お股のあの子の位置が悪すぎて、なんにも集中できないわ」


 イギリスがちょっとの間ぽかんとしたあと、吹き出して、ははは、と笑った。


「笑い事じゃないだからね、こっちは! 就任式典の間中、お股の居心地が悪すぎて、もう、ほんと、ポケットに手を突っ込んでなおしてやろうかと、何度思ったか」


「やめろ」


 イギリスが、腹をかかえて笑った。

 フランスは、じとっと睨んでおいた。


 イギリスがちらりと後ろを振り向く。


 うしろには、アミアンとカーヴとダラム卿が続いている。イギリスが、三人に向かって言った。


「すこし、そこで待っていてくれ。ちょっと、この男に話がある」


 イギリスはそう言って、フランスの腕をつかみ、廊下の先に見えている中庭に向かった。


 美しく手入れされた腰までの高さの植木の向こう側にまわる。

 廊下で、なんだろう、という顔をしてこっちを見ているアミアンと目が合った。


 イギリスが、フランスのマントを手に持って、フランスの股のあたりをかくして言った。


「居心地を良くしておけ」


「え? ここで⁉」


「さっと、しろ!」


 フランスは、キョロキョロとまわりを見た。


 ついてきた三人はいるが、彼らからはフランスとイギリスの下半身は植木にかくれて見えていない。多分。他には、人はいなさそうだった。


 フランスはすばやくポケットに手をつっこみ、ちょっと腰を引き気味にして、あの子のポジションを完全なる位置に修正した。


「……よし! 完璧!」


「よし」


 イギリスがマントをはなす。


 フランスはイギリスをエスコートして、何食わぬ顔で廊下に戻った。

 イギリスが立ち止まって様子をうかがっている三人に向かって言った。


「もういいぞ」


 みんなで昼餐会の会場に向かって、歩く。


 やれやれ。



 あー、すっきり。



 今、お股のあの子は、完全に居心地のよい場所にいる。

 最高。


 フランスは、ようやく落ち着いた心地で言った。


「これで、昼餐会は集中できそうだわ」


「入れかわった途端に、居心地が悪いのは、想像するだけで、不愉快だ」


 イギリスの言葉にフランスは笑った。


 そっか。

 そうよね。


 おそらく昼餐会の途中で、正午を迎えることになる。


 入れかわった途端に、お股のあの子が不機嫌な位置にいたんじゃ、嫌よね。


 しばらく歩くと、昼餐会の会場が見えてきた。人が集まっている。

 フランスは、ひそひそとイギリスに言った。


「聖女フランスの席は、聖女たちがつどう席のはずよ。聖女同士は階級が一緒だから、特にだれが目上とかを気にする必要はないわ。まあ、年上はうやまう、くらいの気楽さで大丈夫よ」


「ふむ」


「特に親しい人もいないから、黙って食べていても、別に問題ないと思うわ」


 ブールジュは、今回に限っては主賓の席にいる。

 イギリスは、さして心配していなさそうな様子で言った。


「主賓席のお喋りは、ダラムにまかせておけばいい」


「それは、ありがたいわね」




     *




 フランスは、イギリスを聖女たちのつどう席までエスコートしたのち、ダラム卿と一緒に主賓席に向かった。


 昼餐会の間、カーヴとアミアンは会場の外で待機してくれている。どうやら、そちらでも食事が用意されているらしい。


 お腹を空かせたまま待たせなくていいのは、ありがたいわ。


 フランスは、昼餐会の食事について考えながら、ひとつため息をついた。


 ああ、せっかく美味しい料理が出てくるのに、イギリスの身体じゃ楽しめないなんて、つらいわ。せめて、入れかわるまで、イギリスがお料理を楽しんでいますように。


 主賓席に着くと、すでにシャルトル教皇もブールジュもいた。西方大領主や、大司教も何人かいるようだった。ガルタンプ大司教もいる。


 ブールジュが、フランスのもとに来て、じっとこちらの様子をうかがっている。

 その目は、こう言っているようだった。


 これって、まだフランス?


 フランスは、うなずいて答える。


 ブールジュが、そうなんだ、という顔をしたあと、手をすっと差し出すようにした。


 すこし離れた場所で、西方大領主が驚いた顔をしている。


 ブールジュ……、あなた、遊んでるわね。


 フランスは、にっこりと紳士らしい態度で、ブールジュの手をとり微笑んで言った。


「聖女ブールジュ、今日のあなたは誰よりも美しい。帝国の皇帝でさえ、跪きたくなるほどです。あなたの、うるわしい手にキスしても?」


 ブールジュが、あきらかに演技していそうな、わざとらしい微笑みで答える。


「ゆるします」


 フランスは、吹き出しそうになりながら、なんとか耐えて、ブールジュの手にキスした。


 顔を上げると、ブールジュがとんでもない変顔で笑いを耐えているところだった。


 やめなさいよ‼

 ブールジュ‼


 あなた、主賓席の他の人間に背を向けているからいいけれど、わたしは全員に顔を見られる位置なんだからね!


 笑わせないで‼


 ブールジュが味をしめたのか、さらに変な顔をしてくる。



 やめて‼





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