第163話 ほっとする人
フランスの部屋にダラム卿が訪れると、ブールジュが立ち上がって言った。
「わたし、そろそろ行くわ。準備の途中で抜けてきたの」
ブールジュは、いま最も忙しい人物だろう。今回の式典の主役なのだから。
フランスは立ち上がって、いつも通り抱きしめようと手をひろげてから、止まった。
あ、そっか、今イギリスの姿だった。
ブールジュが、引き気味の顔をしながら、なんだかちょっと嫌そうに抱きしめてくれる。フランスは、物足りなくて、思いっきり抱きしめた。
「うええ」
ブールジュが、嫌そうな声を出して、思わず笑う。
「ちょっと、ひどいわよ。その反応」
「いや、普通でしょ。あんた、今、男の身体なんだからね」
「中身は女よ」
ブールジュはイギリスとダラム卿に丁寧に礼をし、アミアンに手を振って、あっというまに出ていった。
と、思ったら、扉から顔だけ部屋につっこむようにして、ブールジュが言う。
「フランス、あんた常に護衛騎士つけて動きなさいよ。あぶないから」
「うん、わかった」
それだけ言ってブールジュは首をひっこめて去っていた。
嵐が去った後のような部屋の中で、ダラム卿が扉をしっかりと閉めてから言った。
「おどろきました。いれかわりについて、お話になったんですね」
「ええ、古くからの友人なので、なんだか、あっという間にばれてしまって……」
「今回に限っては良かったのではないですか。明日の式典でも、事情を知る者がいたほうが心強いですし。この城でのことも、配慮してもらえるかもしれません」
「そうですね」
フランスは、イギリスに向き直って言った。
「イギリスも、ごめんなさい。ばれてしまって」
「きみの友人なら問題ないだろう」
フランスは、大きくため息をついて言った。
「なんだか一気に疲れたわ」
アミアンが、笑いながら言う。
「ブールジュ様、相変わらず、すごい勢いでしたもんね」
その後、イギリスと身体が入れかわってからは、あわただしい時間だった。
明日の式典の動きを確認するために、カーヴを起こして大聖堂に向かい、あれやこれやと指示を受ける。
フランスは、とくに何かをするということはなく、教皇直属となったことも、どうやら大々的に発表するということではないらしい。ただ、あの特別なストラをまとい、枢機卿ほどの権威を帯びた聖女の姿をしっかりとお披露目する、というほどの内容だった。
城に用意された自室に戻ったころには、すでに日が沈みかけていた。
城の廊下のあちこちに、身体の大きい騎士が目を光らせている。
西方大領主の紋章を持つ騎士と、教皇直属の紋章を持つ騎士がいる。なかなか、ものものしい警備体制だった。
聖女が全員集まる上に、教皇に、帝国の皇帝までいるのだから、ぴりぴりするわよね。
イギリスに、明日の動きを伝えておきたいところだけれど、これじゃ彼の部屋に行くのも難しいかしら。
フランスは、割り当てられた自室の前で、うしろについてきていたアミアンとカーヴに言った。
「今日は、長時間お疲れさまね。あとは、ふたりともしっかり休んで」
「お着替えの手伝いは、いらないんですか?」
「うん。今日はもう、ひとりでやるから、いいのよ。アミアンも疲れただろうから、そろそろ休んで。何かあったらすぐに呼ぶわ」
部屋は三つ並びで確保されている。
何かあれば、すぐにかけつけられるだろう。
フランスは、ふたりにおやすみを言ってから、部屋に入った。見慣れない部屋。なんとなく、息苦しい感じがして、窓という窓をあける。
ここは、三階だし、窓をあけても大丈夫よね。
テラスも大きくあけはなっておく。
夜風が、心地よい。
フランスは、大きく息をすって、吐いてから、ベッドに倒れ込むようにした。
脱力して、目をつむる。
ちょっと疲れたわ。
イギリス、なにしてるかしら。
ゆっくり、してるかな。
それとも、まだ仕事かな。
しばらく、そうして、ぼーっとしていると、こつこつという音が聞こえた。テラスの方から。
フランスが起き上がって、音のしたほうを見ると、テラスに男が立っていた。
「イギリス……」
フランスが近寄ると、イギリスが無表情に言った。
「こんばんわ」
フランスは、その他人行儀な様子に笑った。
また、ふざけているのかしら。
「こんばんわ。素敵な月夜ね」
「そうだな」
「ちょうど、良かった。あなたに会いたいと思っていたの」
「そうだろうと思って、来た」
相変わらず無表情で言う、イギリスに笑ってしまう。
「なんで、わたしが会いたがっていると思ったのよ」
「わたしも会いたかったから」
「そ……」
それは……。
フランスが、ちょっと言葉につまると、イギリスがいじわるな顔をして言った。
「ふん、きみでも恥ずかしがることがあるんだな」
「あるわよ。同じ気持ちだったなら嬉しいし、それが、ばれているならちょっと恥ずかしいでしょ」
フランスがそう言うと、イギリスがすこし驚いた顔をしたあとに、視線をそらしてわざとらしく咳払いした。
やめてよ。
余計に恥ずかしくなるじゃない。
フランスはテラスに出て、しばらくイギリスとお喋りを楽しんだ。明日のことを話したり、どうでもいいことを話したりする。
イギリスが、自分のマントをフランスにかける。
つやつやネコちゃんと同じ、イギリスの良い匂いがする。
なぜ、こんなに、ほっとするのかしら。
彼の匂いも。
声も。
その表情も。
月明かりの下で、リラックスして話すイギリスの顔が、好ましかった。




