第162話 十二人の聖女
フランスはアミアンがいれてくれた、良い香りのするお茶を飲んで、ほっと一息ついた。ダラム卿がくれたらしい、異国のお茶は、なんだか落ち着く香りがする。
フランスの部屋にある応接用のテーブルを囲んで、四人で座る。
ブールジュがあらためて、フランスの顔を見て言った。
「ほんと、変な感じね。見た目はどう考えてもちがうのに、仕草とか雰囲気が完全にフランスなのよね……」
「そこまで分かるの、あなただけよきっと……」
「他にも、隠していることないでしょうね」
「……」
ブールジュのするどい言葉に、思わずだまってしまう。
ブールジュが、顔で「言え!」と脅しつけてくるようだった。
これは、アミアンにもイギリスにも、まだ言っていない。
フランスは、ブールジュとイギリスとアミアンの顔を順に見た。
ここまで来たら、もう言ってもいいわよね。
明日には、式典でばれるんだし。
そもそも、その式典に、聖女フランスの姿で参加するのはイギリスだ。伝えておかなければならなかったし、ちょうどいいかもしれない。
フランスは、ひとつ、息をして心を落ち着かせてから言った。
「実は、わたし、今回の式典には、教皇直属の聖女として参列するの」
ブールジュが、ちんぴらみたいな表情をして、大きな声を出す。
「はあ⁉ なにそれ? 教皇直属? 枢機卿じゃあるまいし、そんな、教皇が選任する聖女なんて……」
そこまで言って、ブールジュが顔色を変えた。
「シャルトル、あいつ! あんたのことまで使って、改革を進めようとしているのね」
「まあ、そうだけど、わたしが選んだのよ。教皇派につくと」
「断れやしないでしょうけれど……。あいつ、とんでもないわ」
フランスは、こわくなって言った。
「ブールジュ、口に気をつけて」
「他じゃ、こんな言い方しないわよ!」
「聖下が進もうとしている道は、わたしの望む道でもあるわ」
ブールジュが、ひとつ息をはいて、肩の力をゆるめるようにしてから言った。
「そりゃ、わたしだって、女が権威を持つ未来は望んでいるわよ。でも、やり方が気に食わないわ。聖女を全員巻きこむつもりじゃないでしょうね」
「全員?」
「今回の式典には、聖女が全員呼ばれてる」
「えっ。そんなの……」
「そうよ、そんなの前例がないわ。聖女がひとつの場所につどうなんて、今までなかった」
ゆっくりとお茶を飲んでいたイギリスが口をひらいた。
「十二人いるという聖女が、式典で一堂に集まることはないのか?」
ブールジュが、イギリスに視線を向けて言った。
「ありません。聖女は教国の各地で、任についています。式典に数人の聖女が呼ばれることはあっても、全員がひとつの場所につどうということは、今までありませんでした。危険を回避するという意味もあります。何事か起こった時に、被害を受ける聖女を最小に抑えるためであったり、各地での聖女の活動を一気に制限することを避ける意味もあります」
ブールジュがフランスに向かって言った。
「しかも、新しく見つかった、教育中の聖女見習いまで、招集されているらしいわ」
「見つかったのね、十一人目の聖女」
「ええ」
イギリスが首をかしげて言う。
「聖女は十二人、常にいるわけではないんだな」
ブールジュが、うなずいて答える。
「ええ、いれかわりながら、最大で十二人となるはずなんです。ただ、もう、長いこと十一人の聖女しかあらわれていません」
アミアンが、イギリスのカップにおかわりのお茶をそそぎながら言った。
「第一番の聖女だけが、ずっとあらわれていないんですよ」
「第一番?」
フランスは、イギリスに向かって言った。
「聖女の中には、特別な聖女が存在するの。第一番と呼ばれる存在がひとりだけ。最も強い聖なる力をもつ者よ」
「それは、どうやって第一番と決まるんだ?」
ブールジュが答える。
「分かりやすい例で言うと、癒しの力を行使するとき、一度に癒せる人数に違いがあります。通常は大体三十人くらいまでが、一度に癒せる人数です」
アミアンが、横から得意げに言った。
「通常はそうですが、ブールジュ様は一度に五十人を癒せます」
ブールジュが、得意そうな顔をする。
アミアンが、さらに胸をはって言う。
「そして、お嬢様は、なんと、百人を一度に癒せます!」
「すごいな」
イギリスの反応に、フランスも胸をはって言った。
「そうなの。実は、今いる聖女の中で、一番強い女なの」
「こわいな」
なにが、こわいのよ。
フランスが睨むと、イギリスがいじわるな顔で笑った。
アミアンが、無邪気な顔で言う。
「一番強くて、一番貧乏です」
「ちょっと、アミアン、ひどいわよ」
フランスが、むくれると、ブールジュが、思いっきり口をあけて笑った。
「フランスが、第一番にはならないんだな」
イギリスの疑問に、ブールジュが答える。
「第一番の聖女は、一度に千人を癒すほどの力を持っているんだそうです」
第一番の聖女の力は、それだけではないけれど。
それ以上は、教えられないものね。
聖女の、秘密。
フランスは、これ以上、この話が深掘りされないよう、話を進めた。
「なぜ、聖女を全員集めたのかしら」
「効果的なやり方だろうな」
イギリスの言葉を聞いて、フランスはイギリスを見た。ブールジュも興味深そうに、イギリスに視線を向けている。
イギリスが、お茶のカップをテーブルにおいて言った。
「通常の、就任式典ならば、さほどの話題にはならない。この地域だけの限定的な催しになるだろう。だが、今まで集まったことのない聖女が一堂に集まったとなれば、教国中で話題になる」
そういうことか。
フランスはうなずきながら言った。
「たしかに、これなら、貴族の間だけじゃなくて、すべての民の注目が集まることになるわ」
ブールジュも、同じようにうなずいて言う。
「そうなれば、おのずと、現教皇が、女に権威を与えていることも、教国中に一気にひろまる。反対派の貴族たちが止める間もなく」
イギリスがつづけて言った。
「民からすれば、象徴的に見えるだろうな。すべての聖女が集まって、一致団結し、権力にのぞむ姿のようにも見えるだろう」
フランスはブールジュと目を見合わせてから、言った。
「聖女が全員集まって、ひとりは大司教と同等の座に、ひとりは枢機卿と同等の座に、それに女助祭まで任命される……。たしかに、これは、とんでもない話題になるわ。それに……」
フランスは、想像してみた。
これを、もし、自分が聞く側だったらどうだろう。
「これを、教国中の女たちが聞いて、どう思うかしら。今まで、助祭にもなれなかったけれど、自分にも可能性があると思えるんじゃない?」
ブールジュが、ふんと鼻をならしてから言った。
「それは、そうね。でも、これが聖女発案じゃなくて、シャルトルひとりの計略ってところが、かちんとくるわ。……くやしいけど、すごい」
イギリスが落ち着いた声で言う。
「気をつけた方がいい。大きく物事を変えるときには、それを厭う者も必ずいるからな」
なんとなくぞっとした気分になったとき、扉をノックする音が聞こえて、フランスの身体が思わずはねた。
アミアンが、扉をあけると、そこにダラム卿がのほほんとした顔で立っていた。




