第161話 ぶちぎれブールジュ
フランスは大きく息を吸って、覚悟を決めてから言った。
「ブールジュ、ひさし、ぶりね」
ブールジュが、とんでもないキレ散らかした顔で、こちらを見上げている。
その、あごをつきだしてキレた顔をするの、やめて。
こわいわ。
ブールジュが、フランスの方に近寄ってきて、キレ散らかした顔を近づけてくる。フランスはちょっと身を引き気味にして耐えた。
ブールジュが、こわい声で言う。
「その、目のそらし方」
フランスは、思わず視線をブールジュからそらして、さまよったあと、アミアンを見た。
ブールジュがまた、こわい声で言う。
「その、さまよった挙げ句にアミアンを見る、目の動き」
「……」
「さっきも、同じことしてたけど、間違いなくフランスの癖よ」
ブールジュが、勢いよくきびすをかえして、イギリスに近寄り、顔を限界まで近づける。キレ散らかした顔のまま。
やめて、ブールジュ。
喧嘩売ってるみたいに見える。
それ、中身は皇帝陛下よ。
ブールジュが、さらにこわい声で言う。
「絶対に、フランスの癖じゃないわ。その目の動きも、表情も」
フランスは急いで扉の外に誰もいないことを確認してから、しっかりと扉をしめて、内側から鍵をかけた。
そうしてから、ブールジュに向かって言う。
「わたしが、フランスよ」
「はあ⁉」
「入れかわってるの」
「はあー⁉」
ブールジュが、下あごを突き出すみたいにして、睨んでくる。
やめて、その大きい声で、あご突き出して威嚇するみたいにするの。
フランスは、ブールジュにこのややこしい入れかわりについて説明した。ブールジュは、説明を聞くあいだ、口をはさまず真剣な表情で聞いていた。なぜか、キレ気味の顔のままで。
フランスは、ようやっと一通りの説明を終えて、ひとつ大きく息をついてから言った。
「というわけで、大公国での調印式以来、ずっと午前中だけ入れかわり続けているの。聖女フランスの姿をしている、そちらの方が、帝国のイギリス皇帝陛下よ」
フランスは、聖女フランスの姿をしたイギリスを指し示した。
ブールジュは、自分を納得させるためみたいに、何度かうなずいてから、イギリスに向き直って、礼儀正しくあいさつした。
「帝国の皇帝陛下に、ごあいさつ申し上げます。主につかえております、聖女、ブールジュと申します」
イギリスがうなずく。
ブールジュが、その仕草を見て、大きくため息をつき、言った。
「本当なのね……」
「うん、そう……」
「前に教会にわたしが行った時から、そうだったのね」
「……そう」
「陛下、申し訳ありませんが、ちょっと目の前で失礼いたします」
ブールジュが冷静な声でイギリスに向かってそう言った後、フランスに向かって大きい声で怒鳴るように言った。
「なんで、言わないのよ!」
「……」
「あんたが大変な目にあってるなら、わたし何だってするわ! わたしたち、ともだちでしょ⁉ なんで、言ってくれないの‼」
フランスはちょっと泣きそうになって言った。
「これ以上、心配かけたくなくて……」
「心配くらいさせなさいよ! このバカ!」
「……ごめんなさい」
フランスがめそめそやると、ブールジュはため息をついてゆるしてくれる。
いつも、そうだ。
ブールジュが、袖で乱暴にフランスの涙をぬぐう。
「ったく、もう怒ってないわ。泣かないで。その姿で泣かれるの、ちょっと、なんか変な気持ちになるわ。すっごい悪いことしたような気になるから、やめて」
フランスは、唇をつきだしてむくれた。
「ちょっと、その表情もやめて。あんた、今、皇帝陛下の姿になってる自覚ある?」
「もう、すっかり馴染んじゃって、あんまり、ない」
ブールジュが天を仰いで、脱力するような仕草をした。
「しかも、皇帝陛下に先生って呼ばせてるって聞いたわよ」
舞踏会のやつね。
アミアンが、イギリスのとなりでくすくす笑う。
フランスは、イギリスの方をちらっと見てから言った。
「それは、あれよ。ブールジュ直伝超撃退法を実行した結果よ」
「まあ、効果的だろうけど、よく思いついたし……」
ブールジュも、イギリスにちらっと視線をやってから、言う。
「よく、実行できたわね」
フランスは、にこっとして答えた。
「あれは、イギリスが考えてくれたの」
「イッ⁉」
ブールジュが目をひんむいて、やば! みたいな顔をした。
そのあと、フランスとイギリスを交互に見てから言う。
「あんたたち、できてんの?」
「ちがうわ」
「ちがう」
フランスとイギリスの声がかぶる。
フランスは、急いで言った。
「イギリスとは、おともだちになったの」
「おともだちい~⁉」
ブールジュが、はあ? みたいな、どぎつい顔をした。
やめて、その顔。
もう変顔よ、それ。
「まじで、言ってんの?」
「うん」
「フランス、あんた、ほんと前からぶっ飛んでると思ってたけど……、ほんと、まじで、アホみたいにぶっ飛んでるわ」
「べつに、そんな変なことじゃないと思うけど」
フランスがちょっと頬をふくらませながら言うと、ブールジュがあきれたような顔で言った。
「教国の聖女と、帝国の皇帝が、ともだち?」
「うん、ともだち」
ブールジュがちょっと笑って「ともだち」と繰り返す。
フランスもちょっと笑って「ともだち」と繰り返した。
よく考えると、やっぱり変かも。
ふたりでわらう。
ブールジュとフランスの、ちょっとかわいたような笑い声が部屋に響いた。




