第16話 魔王さま、はい、にこーっ!
アミアンは、片手に軽食をのせて、フランスの部屋の扉をたたいた。
そのまま、返事も聞かずに入る。
「お嬢様、おはようございます」
「……」
アミアンは、テーブルの上に軽食を置いた。
部屋に置いてある、教国から持ってきた荷物を、まさぐりながら言う。
「ついに、今日は調印式ですね。きっとシャルトル聖下を見られますよ。近くで見られるといいですね」
「……」
アミアンは、荷物の中から、今日着る予定の祭服を取り出して、ふと静かすぎる違和感に、フランスを見た。
「お嬢様?」
「……」
え、すごい、だんまり。
なんなんです?
ご機嫌ななめ?
「お嬢様? どうしちゃったんです? もしかして熱があるとか?」
アミアンはかけよって、フランスのおでこに、自分のおでこをくっつける。
熱は、ないか?
首にも手をあててみる。
ん~、やっぱり、熱はなさそう。
フランスは、何も言わずに、不機嫌そうな顔をしている。
アミアンは、フランスのやわらかなほっぺを、両手ではさんでぎゅっとしてみる。顔がつぶれて、唇がむにゅっとなってかわいい。
「お熱なさそうですよ? いったい、どうしちゃったんです?」
「……」
フランスは、何も言わない。
「え~? あっ! 怖い夢を見たとか!」
「……」
「そうなんですか⁉ もう、お嬢様ったら、いつまでたっても、可愛らしいんですから。元気になるおまじないしてあげますから、機嫌なおしてくださいね!」
フランスが眉間に皺をよせて、耐えるような顔をした。
むすっとしちゃって……、もう、かわいいなぁ。
アミアンは、フランスをぎゅっと抱きしめる。そのあと、そっとフランスの顔を両手で上向かせて、まず右の頬にキスした。
「右の頬にキスされたら~?」
次に左の頬にキスする。
「左の頬もさしだしなさ~い!」
「……」
フランスの眉間の皺がふえた。
「やだなあ、お嬢様ったら、これでもご機嫌斜めなんです? もう~、むすっとした顔も可愛らしいですけど、にこっとしたほうがもっと可愛いですよ」
「……」
「あらら、しょうがないですね。では、アミアン本気出します」
アミアンは両手でフランスの肩をつかむ。
フランスが、不安そうな顔をした。
「おじょうさまは、かわいい! かわいい! かわいい! だいすき! だいすき! だいすき!」
アミアンは、かわいいと、だいすきを言うたびに、フランスの顔中にキスした。
そして真正面から見て言う。
「はい、にこーっ!」
フランスが、無表情になった。
「え、これでも、だめなんです? そんなに? いったいどうしちゃったんです? なんだか心配を通り越して、泣きそうになってきました。ほら、見てください、もう泣いちゃいますから。にこってしてください」
アミアンが、潤んできた目を見せびらかすと、フランスがぎこちなく、口だけなんとかにこっとした。
まだ、全然元気なさそう……。
なにか、ほんとに嫌なこと、思い出しちゃったのかな。
アミアンは、フランスをぎゅっとだきしめて、背中をなでた。肩も頭もなでる。
アミアンよりもずいぶん小さいフランスの身体は、アミアンが抱きしめると、まるでたよりなげなほど、すっかり腕におさまる。
「大丈夫ですよ。アミアンがついていますから。何も怖くないですからね。どこに行ったって、ふたりなら、へっちゃら、ですよ」
身体をはなして、フランスの瞳をのぞきこむ。
お嬢様のひとみは、今日もとびっきり綺麗。
「大好きですよ、お嬢様」
アミアンがそう言うと、フランスがひかえめに、微笑んだ。
まだ元気はなさそうだけれど、これなら大丈夫かな。
「さ、着替えましょうか。服全部ぬいじゃってください」
フランスが動かない。
しばらく待つ。
やはり動かない。
「あれ、お嬢様、どうしたんです? いつもみたいに勢いよく服脱いで、投げつけて遊んだりしてくださいよ」
フランスはむすっとしたまま、動かない。
あ~。
そういう?
今日は、そこまで?
アミアンは、大げさにため息をついて言った。
「しょうがないですねえ」
アミアンはフランスの服に手をかける。
「はい、両手あげてください。そうそう。よっと。はい、脱げました~。お嬢様ったら、今日はちっさいころみたいですね。甘えたさんしたいんですね」
フランスが目を閉じて立っている。
しばらく待つ。
ずっと目を閉じている。
「え、お嬢様? もしかして、着替えの間中そうやって、目をつむって全部してもらおうと思ってます?」
「……」
かわいいな。
でも、そんなに無防備に目をつむられると……。
いたずらしたい気持ちがムラムラしちゃいますね。
アミアンはそーっと近づいて、フランスの弱いところをくすぐった。
フランスが、声をあげて笑う。
目をつむったまま、逃げようとするフランスが、よろけてベッドにころがる。アミアンも一緒になって転がった。
アミアンは、じゅうぶんにフランスを笑わせたあと、彼女の顔をのぞきこんだ。
「え、お嬢様、すごい! まだ、目つむってるんですか! 今日はそういうお遊びの気分なんです? 本気ですね!」
フランスが目を閉じたまま、笑いすぎたのか乱れた息の合間に、耐えるような声で言った。
「……服を」




