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第158話 七賢人のいるところ

 フランスは、イギリスが聖女フランスの姿で、美味しそうに朝食を食べる姿を眺めていた。


 高級宿屋では、朝から豪華な食事が用意される。


 これって……、もしかして、イギリスが入れかわりで食事をできるようになって、はじめての豪華な食事じゃない?


 イギリスは行儀よく、だが、明らかに肉ばかり多めに食べている。


 普段、教会にいる時だって、使用人たちに豪華な食事を用意させることもできただろうに、イギリスはフランスの焼いた焼き菓子か、教会の粗末な昼食を食べている。


 こんなに美味しそうに食べるなら、もっと欲を出して、好きな物を食べればいいのに。普段のイギリスはずいぶん、無欲に見える。


 華美な服装を好むわけでもないし、豪華な食事を望むわけでもないし、派手に遊ぶような様子もない。聖職者でもないのに。


 彼が、望むものって、何かしら。


 彼も、ベルンの泉に何かを願ったはずだ。

 あの金貨を投げた日に、一体何を願ったのだろうか。


 メソポタミアで、ユーフラテスが言った言葉がよみがえる。


『イギリスの心は、本当はひとの寿命で死ぬはずだったと感じてる。なのに、たった一人でずいぶん長生きしたもんだから、疲れ切ってるんだ。孤独ってのは、ひとを殺すほどの力を持っているからね』


 まさかとは、思うけれど——。


 ベルンの泉に願ったり、していないわよね。



 死を。



 フランスが、そんなことを考えているうちに食事はあっという間に終わり、今日も馬車での旅がはじまった。


 今日は、ダラム卿が、いくつもの羊皮紙のたばを抱えて、馬車に乗り込んできた。


 フランスは首をかしげて聞いた。


「あら、どうしたんですか、それ?」


「実は、昨夜、色々と報告が届きまして」


「報告?」


「ええ、七賢人についてですよ」


 出たわね!

 七賢人!


 フランスは感心して言った。


「もう、なにか報告があったんですね」


「今回は、簡単な調査だけだったのですが、どうやら十分かもしれません」


「へえ」


 そんなにすぐに有力な情報をつかむなんて、どうやったのかしら。


 馬車が走り出してから、ダラム卿は簡易テーブルの上に置いた羊皮紙の束から、ひとつ取り出して言った。


「まず、これは七賢人についての、伝承です」


 七賢人、誰なの。


 フランスは、わくわくしながら、ダラム卿の言葉を待った。アミアンもわくわくした顔をしている。イギリスは、もうすでに報告を聞いていたのか、興味ないとばかりに、さっさとフランスの膝を使って横になった。


 ダラム卿が羊皮紙に目を通しながら言う。


「今は失われた古代文明に、有名な七賢人の記録が残っているんですよ。ソロン、タレス、キロン、ビアス、クレオブロス、ピッタコス、ミュソンの七人です」


 全然、知らないわ。

 だけど、それが知への探求にどっぷりつかった、超ド変人の名前なのね。


 ダラム卿がつづけて言う。


「まずは、この七人の名前が、今も生きている人間の名簿に残っていないか、各国に人をやって調べさせました」


 すごいわね。


 さすが、財力も人材もかかえていないとできないことも、帝国の大領主ほどになると、なんてことないように言う。


 アミアンが、首をかしげて言った。


「同じ名前の人なんて、いくらでもいるんじゃないですか?」


「ええ、そうです」


 ダラム卿が、笑顔でつづけた。


「フランス、あなたが言っていたでしょう。チグリスとユーフラテスが話していたことをヒントに探したんですよ」


 あのふたりが、何かそんなすごいヒントを言っていたかしら。


 フランスが首をかしげると、ダラム卿がにっこりと答える。


「ともに同じ時間の流れを生きる者がいることが、ながく生きるために重要だと」


「ああ、そうですね。たしかに、彼らはそう言っていました」


「七賢人がもし、今も生きているとすれば、千年以上の時を生きる者たちです」


「えっ」


 そっか。


 古代の書物に出てくる人物だものね。

 そのくらい生きているわよね。

 とんでもない年月だわ……。


 とんでもなく長生きの、超ド変人。


「ですので、七賢人と同じ名前の者が、複数集まっている場所がないか探しました」


 なるほど!


 アミアンが、感心したように「おお」と言った。


 さすがね。

 全く思いつかなかったけれど、そうよね。


 それほどの長い時間を生きるには、たしかに、ともに同じ時間を生きる者が必要かもしれない。


「七人の名前が集まる場所は、いまのところ見つかっていませんが、三人同じ場所にいるのを見つけました」


 アミアンが、わくわくした声で言った。


「三人も! 賢者の可能性が高そうです」


 ダラム卿もうなずく。


「しかも、見つかった場所が、より一層、賢者の可能性を高めています」


 まあ、どこかしら。

 わくわくしちゃうわね。


 フランスは、前のめり気味に聞いた。


「どこで、見つかったんですか?」


「スイス大公国の都市のひとつ、ザンクト・ガレンです」


 ザンクト・ガレンで……。


 あ‼


 フランスは、思わず大きな声で言った。


「大図書館!」


「そうです! 世界中の知が集結すると言われている、ザンクト・ガレンの大図書館です。賢者が寄り付くには、うってつけの場所だと思いませんか?」


 たしかに!


 フランスは、うわさに名高い大図書館に思いをはせながら考えた。


 スイス大公陛下って、ほんとにやり手よね。


 スイス大公国では、すべての知を、拒むことなく集めている。他国では禁書とされるものや、教国では所持するだけで異端審問ものの、とんでもない魔術所なんかも、規制なく取り扱っているらしい。


 スイス大公国は小さいけれど技術力も人材も、他国を圧倒するほどの勢いで集めている。


 永世中立国を宣言しているから、他国に攻め入ることはないが、兵器の開発も軍事力も、とんでもない実力を秘めているといううわさだ。


 一度、近隣の国が、攻撃を仕掛けた時には、完膚なきまでに叩きのめした上に、攻め入ってきた国の領地には見向きもせず打ち捨てたらしい。


 攻め入った国は、その後、スイス大公国に有利な条約なんか色々結ばされて、相当搾り取られたらしいとも聞く。


 国を大きくすることには、スイス大公の興味はないらしいともっぱらのうわさだ。



 自国の民に知と富を。



 それが、スイス大公国のあり方だ。

 国によって、ほんと色々ね。


 フランスは、スイス大公国の美しい景色を思い出しながら言った。


「では、次は、ザンクト・ガレンに行かなきゃですね」


 ダラム卿がうなずきながら言う。


「ちょうど、今回の式典からの戻りの移動時間を使えます。アミアンとわたしが馬車で戻って、陛下とフランスはザンクト・ガレンへ」


 なるほど、ちょうどいいわね。



 また、冒険ね。

 わくわくだわ。





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 おまけ 他意はない豆知識

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【ギリシャ七賢人】

紀元前620年~550年頃に存在した古代ギリシアの7人の賢者。

ソロン、タレス、キロン、ビアス、クレオブロス、ピッタコス、ミュソン。

この七賢人の名は諸説ありますが、今回は同じく古代ギリシアの哲学者プラトン先生の著作『プロタゴラス』から採用しています。


【ザンクト・ガレン】

ザンクト・ガレン修道院は、スイスの世界遺産。

修道院の付属図書館は、中世の文献を保管する図書館として世界最大の規模。かつ、ロココ調の美しすぎる図書館としても有名です。

修道院ができたことで、ザンクト・ガレンの町は9世頃から学問の中心地となっていたようです。





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