第155話 打ちのめされる女たらし
フランスの腹が二回ほど鳴ったころ、馬車は止まった。
昼食よ!
ダラム卿が手配してくれていた店で、昼食をとりつつ休憩をする。高級な宿屋だった。大きな部屋を借りているらしい。
昼食のためだけなのに、豪勢ね。
楽しみね、食事。
フランスの腹が、また大きな音をたてる。
イギリスが、いじわるな顔で言った。
「讃美歌は口で歌うより、腹に歌わせたほうが立派なんじゃないか」
フランスはひと睨みして、イギリスの腕をたたいておいた。
イギリスが嬉しそうな顔をする。
フランスは宿に入る前に、カーヴのもとに行った。
「カーヴ」
声をかけるとカーヴがひかえめに微笑む。
「カーヴ、大丈夫? 久しぶりに騎士の恰好で馬なんか乗ったら、ひどく疲れちゃったんじゃない?」
「だ……大丈夫。う、馬に、乗る……のは、得意」
そうだったんだ。
「景色を楽しむぐらいはできた?」
カーヴが微笑んでうなずく。
良かった。
帝国の騎士の中にひとりだから、ひどく寂しくて疲れてしまわないかと思ったけれど、大丈夫そうね。
「昼食、一緒に中で食べる?」
カーヴは首をよこにふった。
「護衛、ちゃんと……したいから、ここで、食べる」
騎士たちは、どうやら、交代で馬車と借りた宿屋のまわりを守りながら、いつでも動けるように、簡単な食事をとるらしい。
フランスは、しっかりと護衛をしようとするカーヴに、感動しつつ言った。
「カーヴ、ありがとう」
「はい」
すごい、今日のカーヴとっても立派だわ。
フランスは思わず抱きしめて言った。
「カーヴ、えらい~! すごい~!」
「……」
若干嫌がっているようだったが、気にせずぎゅっとやっておく。
「じゃあ、お昼からもお願いね」
フランスの言葉に、カーブがしっかりとうなずく。
カーヴ、かっこいい。
フランスはなんだか誇らしい気持ちになった。
ダラム卿が用意してくれた昼食は、最高だった。昼餐会や晩餐会で食べる類のものとはまた違う高級さだった。高級だけれど、もっと親しみやすくて、気楽に美味しい。
フランスは腹も心も大満足で、午後の馬車に乗り込んだ。
午後の馬車でも、イギリスがフランスのとなりに座り、フランスのてのひらを押した。
フランスの目の前では、またしてもアミアンとダラム卿がカードゲームで勝負をはじめる。午前中よりも、ダラム卿が真剣に勝負している感じがする。
フランスは声をかけてみた。
「ねえ、もしかして、ずっとアミアンが勝っているの?」
アミアンがにっこり「はい」と返事する。
ダラム卿が、ちょっとくやしそうに言った。
「女性との勝負事で、こんなに悔しいのははじめてです」
イギリスが、からかうような声で言った。
「午前中は手加減していたが、いまは真剣にやって負けているな」
ダラム卿が、若干肩を落として言う。
「そうです。午前中は、ただ楽しく遊ぼうと手加減して遊んでいたんです。なのに……」
なのに?
フランスが首をかしげると、ダラム卿が本当にくやしそうな顔をして言う。
「ちょっとずつ、加減をなくしているのに、どうやっても勝てないんですよ。今は、本当に、真剣に勝ちにいっているのに、まったく勝てる気配がありません」
フランスは笑って言った。
「あら、アミアン、たまには勝たせてあげたら?」
アミアンも笑って言う。
「そうですね。手加減して差し上げましょうか?」
ダラム卿が、見たことない負けん気の強い表情で言った。
「絶対に、手加減しないでください!」
子供みたいね。
その様子があんまり愛らしくてフランスは笑いながら言った。
「じゃあ、別の勝負もたまにはしてみたら?」
アミアンが楽しそうに言う。
「いいですね。うーん……、腕相撲とか?」
ダラム卿が、いやそれは流石に……みたいに笑った。
「いいじゃない。してみてよ。本気でね」
フランスがアミアンに向かってにっこり言うと、ダラム卿がちょっと不安そうな顔をした。
高級な馬車には座席に出せる簡易テーブルがついている。
ダラム卿がテーブルを用意して言った。
「ほんとに、腕相撲でいいんですか?」
「はい」
アミアンがにっこり返事するほど、ダラム卿の表情が不安そうになる。
面白いわ。
アミアンとダラム卿が手を握り合う。
フランスは合図をした。
「よーい」
ふたりが相手の様子をうかがうように見つめ合う。
わくわくね。
どっちが勝つかしら。
フランスは大きな声で言った。
「はじめ!」
はじめ、と言ったのに、どうやらふたりとも力を入れていない。
ダラム卿はうかがうような表情で、アミアンはちょっと、獰猛な表情をしている。
アミアンがすこし力を入れたようだった。
ダラム卿も合わせるように力をこめる。
多少左右にふれたが、ふたりの腕は真ん中のあたりでとどまっている。
アミアンが勢いよく力を入れたらしく、ダラム卿の腕が大きく傾く。
ダラム卿が持ち直そうと力を込めたようだったが、けっこう戻すのに力をこめていそうだった。
アミアンは、相変わらず獰猛な目つきと笑顔だった。
ダラム卿の腕が真ん中に戻ってきたところで、アミアンがさらに力をこめた。
あ、これは本気のやつね。
アミアンの腕が力をこめすぎてすこし震えながら、ダラム卿の腕をしずめていく。
ダラム卿の腕はアミアンよりさらに震えながら、それでも耐え切れずに倒されていくようだった。
ダラム卿の口から情けない声が出る。
「うわぁぁぁ」
フランスは、悪いと思いつつ、ちょっと笑ってしまった。
アミアンは、獰猛な目つきのまま、ダラム卿の腕を完全に倒した。
ダラム卿は完全に打ち倒された後、アミアンの手をにぎったまま、簡易テーブルにつっぷして嘆いた。
「うそだぁぁぁ」




