表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

154/180

第154話 膝枕の誘惑

 早朝、教会前の広場は、にわかにあわただしかった。


 フランスは、魔王イギリスの姿で、まわりの人があわただしく動くのを眺めていた。


 カーヴは、いつもの修道服ではなく、りっぱな聖騎士の姿で、すでに馬上にいた。メゾンがその近くで、不安そうな顔をカーヴに向けている。


 カーヴとメゾン、どちらを護衛騎士として連れて行くか、迷いに迷ったが、どう考えても、教会に残るのが、シトーとカーヴになるのはまずかった。


 どちらも、ほとんど喋らない。


 せめて、人当たりの良いメゾンをひとり残すことで、なんとかなるだろう。


 まあ、大体のことは、大きいお母さんがうまいこと仕切ってくれるから、大丈夫だと思うけれど。


 大きいお母さんは、いつもは決して前に出たりしないが、ここぞというときは、とりまとめ役として、すごい力を発揮してくれる。


 大きなお母さんが頼りよ、この教会は。


 広場には馬車が五つも用意されていた。


 一番大きな馬車が、フランスたちの乗る馬車で、それ以外は使用人たちを乗せるものらしい。


 ダラム卿いわく、最も小規模な形で移動する、ということだったが、フランスからすると完全に仰々しい御一行だった。


 帝国騎士団の立派な騎士たちも、これまた立派な馬にまたがり、馬車を守るようにまわりにいる。


 やれやれ、大事ね。

 カーヴ、一人で帝国騎士団に混じって、大丈夫かしら。


 フランスは、ちらっとカーヴの顔を見たが、彼は意外にもしっかりとした表情をしている。


 泣きそうな顔をしているのは、見送りのメゾンのほうだった。昨日も、散々泣きそうな顔をしていたのに、まだ、あんな顔して。


 大丈夫かしら。

 不安だわ。


 シトーは、無表情なまま、じっと聖女フランスの姿をしたイギリスのほうに視線を向けていた。


 心配してくれているのかしら。

 シトー、行ってきます。


 フランスは心の中で、シトーに向かって言った。


 荷物はあっという間にすべて積み込まれ、フランスは一番立派な馬車に乗り込んだ。となりにイギリスがすわる。ダラム卿とアミアンは向かいに座った。


 なんだか、いつもの光景みたいになってきたわね、この並び。


 イギリスが、あくびをした。

 フランスは、まだぼんやりしていそうなイギリスの顔をのぞきこんで言った。


「イギリス、あなたまだ眠いんじゃない? わたし昨日、おそくまで荷物の確認していたから」


 イギリスが、力なく言う。


「ああ、ねむい」


 アミアンが横に置いていた荷物から、さっとかけ布を取り出して言う。


「陛下、もうしばらく眠りますか? そうすれば、馬車酔いも楽ですよ」


「ああ、そうだな」


 じゃあ、場所をあけたほうがいいわね。


 フランスは立ち上がりながら言った。


「それじゃあ……」


 そこまで言ったところで、イギリスに袖をつかまれる。

 イギリスが座席のはしを指さした。


 はしに寄れってこと?


 フランスが席のはしによると、イギリスはそのままころりと寝転がって、フランスの膝を枕にして寝た。


 イギリスが文句を言う。


「かたい」


 あなたの膝でしょうよ。


 フランスは笑いながら言った。


「男の足って、可愛げのないかたさしてるわよね」


「ないよりましだ」


 イギリスはそう言って、目を閉じた。

 と思ったら、起き上がって言う。


「焼き菓子は?」


「持ってきたけど……、食べるの? 馬車酔いに良くないと思うけれど」


「ひとつだけ食べる」


 イギリスは、激甘焼き菓子をひとつ、ぺろりと食べて、さっきと同じように寝転がった。すごく満足そうな顔で。


 食っちゃ寝ってやつね。

 最高に幸せよね、それ。


 フランスは、子供を寝かしつけるみたいに、イギリスの腕のあたりをぽんぽんとした。


 しばらくすると、イギリスはうとうとし始めたようだった。


 フランスも、高級な馬車のゆるやかな揺れに、目を閉じた。



 これは、眠れるかもしれない。




     *




 フランスは、いつもの入れかわるときの妙な感覚がして、ぱっと目をひらいた。


 頭の下には、イギリスの足。


 かたい。

 アミアンの膝枕が良かった……。


 向かいの席では、アミアンとダラム卿が、小声で何かくすくす笑いながら、カードゲームをしている。


 仲良しね。


 上を見上げると、イギリスが、どうやら寝ているようだった。

 フランスが起き上がると、イギリスがぱっと目をひらいた。


「あら、寝ていたんじゃなかったのね?」


「すこしうとうとしていた。馬車の揺れがあると、眠りやすい」


 いいわね。

 馬車の揺れが心地よいなんて。


 フランスは、固まった身体を伸ばしてから、イギリスに言った。


「膝、おかししましょうか?」


 イギリスが、一瞬止まったあと、頷いた。


 フランスははしによって、膝をどうぞ、と差し出した。

 イギリスが、そっと頭をのせて横になる。


 かけ布をかけてやる。


 イギリスの肩のあたりを、またぽんぽんする。しばらくするとイギリスはまたうとうとしはじめたようだった。


 子供みたいね。


 さらさらの髪をすきながら、頭をなでてみる。

 ネコちゃんをなでるみたいに。


 ゴロゴロ言ったりしないかしら。

 睫毛ふさふさ。


 アミアンとダラム卿を見ると、ふたりともカードゲームに夢中らしくこちらを気にもしていないようだった。


 よくよく見ていると、どうやらアミアンがめちゃくちゃに勝っているようだ。


 フランスは、イギリスをなでなでしながら、ふたりのゲームの様子を楽しんでいた。


 何のゲームしてるんだか。


 短い時間で決着がつくらしく、ダラム卿が負けるたびに、ちょっとずつ本当に悔しそうな顔になっていった。



 アミアンって、カードゲーム妙にうまいのよね。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ