第153話 帝国と教国のすすむ道
フランスは午後に自分の姿に戻ってから、執務室で出来上がった荷物をチェックしていた。
うん。
大体、これで大丈夫そうね。
あとは……。
馬車の手配と、馬も一頭借りないとだめね。
そのとき、執務室の扉をノックする音がした。
アミアンが、とびらをあけると、扉のむこうに立っていたのは、ダラム卿だった。手には、ふたつの小さな花飾りを持っている。
フランスは笑顔で言った。
「あら、ダラム卿、かわいらしい花ですね」
「これは、フランス、あなたに。あなたの愛らしさのもとで、この花もより輝けますね。花売りのお嬢さんから買ったんですよ。髪につけると、良い香りが楽しめるそうです」
そう言って、ダラム卿がさっと、フランスの髪に花飾りをつける。
器用に、すぐにつけ終わると、次はアミアンのもとに行って、同じようにした。
「こちらは、アミアン、あなたに。いいですね、あなたの美しさを、さらに引き出してくれるようです」
アミアンが嬉しそうに、ちょっと恥じらうようにする。
花をつけたアミアン、かわいい。
ダラム卿は、フランスとアミアンの様子を見て、満足そうにして言った。
「こちらに、おふたりで並んで立ってみてください。ああ、なんて素敵なんでしょう。何もなくとも、輝かしい美しさですが、ここまで愛らしいと、うっとりしてしまいますね」
相変わらずの様子に、フランスとアミアンはくすくすやった。
フランスは笑いながら聞いた。
「わざわざ、この花だけ渡しに来られたわけではないのでしょう?」
ダラム卿が楽しそうな顔で答える。
「ええ、あなたたちふたりに、ひとつ言っておかなければ、ならないことがありまして」
「言っておかなければ、ならないこと?」
「馬車の手配はしなくて大丈夫ですよ、と伝えに来ました」
「馬車の……?」
どういうこと?
フランスは首をかしげて聞いた。
「西方大領主の領地に向かわせる馬車のことですか?」
「ええ、そうです」
フランスとアミアンが顔を見合わせると、ダラム卿がいたずらな顔で言った。
「わたしと陛下も、一緒に行きます」
「ええ⁉」
いつのまに、そんなことに。
フランスは、そしらぬ顔で執務机に向かっているイギリスに顔を向けた。彼は、こちらに視線もよこさず、しれっとした顔で座っている。
一緒にいてほしいとは言ったけれど、こっそりとかじゃなくて、まさか堂々と行くの?
ダラム卿が楽しそうな声でつづけた。
「実は、シャルトル教皇からはブールジュ聖女の就任式典への招待状を、西方大領主からはその後の昼餐会への招待状をもらっています」
そういうダラム卿の手には、立派な招待状が二通あった。
フランスは、ぽかんとしながら聞いた。
「どうやって、手に入れたんです」
「西方大領主のほうは簡単でした。東側で陛下が舞踏会に出席したことが知れていたので、ぜひ、そちらの招待にも陛下はこたえたいと思っている、と伝えたらすぐにくれました」
それは、たしかに。
東側ばっかりに、自慢されたくないものね。
でも、シャルトル教皇が式典に招待するなんて……。
一体、どんな手を使ったのかしら。
ダラム卿が、教皇の紋章が入った封書を手にして、言った。
「教国の目指す国のありかたが、帝国の目指す先と同じなので、帝国の皇帝もシャルトル教皇の政策を後押しすると伝えたところ、こころよく招待状をいただけました」
意外な言葉に、フランスは目を見開いて言った。
「あり方……、女に権力を与えることですか?」
さっきまで、そしらぬ顔をしていたイギリスが、ダラム卿のあとをひきついで答えた。
「帝国では、まだそこまで進めてはいない。いずれは、そうなるべきだと思うが。あり方は、急に変えることはできない」
ダラム卿が補足する。
「帝国では、今、女性も財産を受けることができるように法を変えたところなんです」
「まあ」
それは、十分に大きな変化だ。
今まで、女は家の財産の一部でしかなく、家督を継ぐことも、財産を受け取ることもできなかった。それは、教国でも、帝国でもそうだ。
今の言い方だと、これは足がかり的な変化なのだろう。
帝国も、変わっていくのね。
イギリスが、淡々と言った。
「急いで全てを変えようとすれば反発がつよい。変えていくには、ひとつずつ、時間をかけて変えていくしかない」
不思議。
シャルトル教皇も、イギリスも、男なのに女を都合の良い位置に置いたままにはしない。
「なぜ、女が財産を受け取ることができるようにしようと?」
フランスの質問に、イギリスが答える。
「強引な婚姻や、家の取り潰しが問題になっているからな。いずれは家督も継げるように変えてゆくつもりだが、財産を受け継ぐのはそのとっかかりだ。貴族側も、一族の財産を守る手立ての道が増えるから、賛成する声も多い」
どんどん変わっているのね。
ほんと、不思議。
今まで、そんな動きはないと思っていたのに、はじまるときは、一気にはじまる感じがする。
アミアンが手をあげて言った。
「馬車を手配する必要がないということは、もしかして陛下とダラム様も一緒に行かれるからですか?」
一緒にって……、馬車で一緒に行くつもりかしら。
ダラム卿が楽しそうな声で言った。
「ええ、われわれ四人で、片道三日の旅です。楽しみですね!」
アミアンが、面白がるような顔で「おお」と言った。
四人で……。
それは、なんだか……、楽しそうな。
フランスは、思い出してダラム卿に向かって言った。
「あ、でも今回はもうひとり、教会から連れて行きます」
「おや、そうなんですね。どなたが?」
「カーヴです。聖騎士としてついてくるので、馬を一頭用意しようと思っていたんです」
シャルトル教皇から、必ず護衛騎士をつけて行動するようにと言われていた。
ダラム卿は、にっこりと頼りになる微笑みで言った。
「なるほど。では、その馬もこちらでまとめて用意しておきましょう。帝国の騎士団と使用人も同行しますからね」
「なるほど」
最高!
馬車台と馬代が浮いたわ。




