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第151話 家族はここにいる

 フランスはシトーの首に手をまわして、ぎゅっと抱きしめながら、そのまま泣いた。


 ふがいない。


 こんなに側にいて、今までに、彼についてもっと知る機会はあっただろうに、何も知らなかった。シトーがよくしてくれるからって、それに甘えてばかりの己に腹が立つ。


 ずっと、彼はひとりで、おそれを抱えていたのに。


「シトー、ごめんね。もっと、あなたのこと、気にかけるべきだった。ずっと、そんなふうに思っていたなんて」


 シトーがフランスの腰に腕をまわして、支えるようにして岸に向かって動いた。


 池の底にフランスの足がついたところから、一緒に歩く。ふたりで支え合いながら、岸に向かって足を動かした。


 池の冷えた水が、足からすべての力を奪うようだった。

 感覚がなくて、まるで足首に力が入らない。


 シトーは、フランスの腕を服の上からつかんで支えていた。

 何度か、転びそうになりながら、ふたりで岸に上がる。


 岸に上がると、シトーはすぐに、フランスが着ているマントやスカートのすそを絞った。絞れるところは全部。


 フランスもシトーの服をそうしようかと思ったが、布地は水をすって分厚く、さすような冷たさで、すこしもひねったりできなかった。


 シトーはフランスの服を絞り終えると、自分の服も絞った。


 フランスは、ただじっと見ているしかできない。


 役立たず。


 泣いたって、なんにもならない。

 けれど、涙が止まらなかった。


 シトーのために、何をなげうっても、今できるすべてのことをしてあげたいし、与えられるものは、すべて、与えたい。


 でも——。


 何もないような気がした。


 フランスは、まるで子供が泣くみたいにして、手放しで泣いた。


 シトーが困った顔で正面に立ち、袖で手を覆って、直接は触れないように注意しながら、フランスの涙をぬぐう。


 それが、また悲しくてフランスは、泣いた。


 シトーがさらに困った顔をする。


 フランスは、両手でシトーの顔を引き寄せるようにした。彼は、されるがまま、フランスに顔を近づける。


 手で触れるのは、こわいけれど、それ以外を触れられるのは、こわくないのね。


 母親に、手で触れたからかしら。


 フランスは、泣きながら、シトーの顔中にキスした。額にも、瞼にも、頬にも、鼻筋にも、唇以外は、あますところなく全部にキスする。


 顔をはなすと、シトーが色素のうすい顔を真っ赤にしていた。


 耳まで、真っ赤だった。

 首も真っ赤だ。


 もうなんだったら、唇にまでキスして気持ちを伝えたいところだけれど、そこは我慢しておく。

 

 フランスは、シトーをぎゅっと抱きしめて、言った。


「シトー、いい子ね。わたしの愛しい子、何よりも大切な子、わたしの天使、わたしの光。この世に生まれた時から、すべての愛を受けるべき祝福の子」


 何か、あたたかな記憶を思い出した。


 やわらかな腕で、自分を抱きしめて、この世でもっとも優しそうな声でそう言った人がいた。


 誰だったかしら。

 ぼんやりとして、思い出せない。


 フランスは、シトーの額に、自分の額を重ねて、祈るようにして言った。


「おそれるな、わたしはあなたとともにいる。たじろぐな、わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る」


 すこし顔をはなし、シトーの瞳をしっかりと見つめる。


「あなたが、おそれに囚われて、誰とも触れ合わずに、ひとりで手を冷やすなら、わたしの手の温もりをぜんぶあげる」


 フランスは、ゆっくりとシトーの手に、自分の手を近づけた。

 こわければ、逃げられるように、ゆっくりと。


 シトーは逃げなかった。


 フランスは、そっと、シトーの指先にふれた。


 シトーの指は、一瞬おそれるようにフランスの指先から離れたけれど、それ以上は逃げなかった。


 フランスが、さらに触れて、握りしめると、それ以上は抵抗しない。


 フランスは、シトーの手を引き寄せて、自分の頬にあてた。シトーの手を上から包むように、フランスも手を重ねて、自分の頬に押し付けるようにする。


 彼の手は、ひどく震えていた。


 フランスはシトーの顔を見つめた。

 迷子の子供みたいな表情が目の前にあった。


 フランスの手も、シトーの手も、池につかったせいでひどく冷えている。


「すっかり冷えちゃったけど、こうして触れ合えば、お互いにすこしあたたかいわ。シトー、もっとあなたの望みもおそれも、言ってちょうだい。わたし、あなたのこと、もっと知りたいのよ。あなたにとって家族の思い出は、良くないものだったかもしれない。でも、今は、教会にいるみんながあなたの家族よ。わたしもね」


 シトーがうなずく。


 いつもの反応。


 シトーがすんなり話すようになるには、まだまだ時間が必要そうね。

 でも、ひとつ近づけたかもしれない。


 こうして、ひとつひとつ、近づいていこう。

 大切なものに。


 フランスは笑顔で言った。


「帰ろうか」



 シトーがうなずく。





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 おまけ 他意はない豆知識

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【聖句紹介】

旧約聖書 イザヤ書 41章10節

恐れるな。わたしはあなたとともにいる。

たじろぐな。わたしがあなたの神だから。

わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右手で、あなたを守る。




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