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第15話 入れかわり、みんなで渡ればこわくない!

 フランスは、聖女である自分自身の姿で、応接用の椅子に座っていた。目の前には、魔王の姿をしたイギリスがいる。


 場所は、もはやおなじみになってしまった、イギリスの部屋だ。


「どうやら、毎日、朝起きてから、正午の鐘が鳴るまで、入れかわるようですね」


「そのようだな」


 すでに、聖下にゆるしをもらった大公国での追加の二日目の昼をすぎている。


 今日も、きっかりと正午の鐘がなるまで、ふたりの身体は入れかわっていた。


 昨日は結局、フランスが寝込んでしまって、昼以降に会うことはなかった。ようやく、ふたりで、このややこしい入れかわりについて、話し合う。


 フランスは、なんだかもうすっかり見慣れてきた、イギリスの顔を見て言った。


「午前のお勤めを、なくすか、少なくすることは可能ですか?」


「まあ、問題ないだろう」


「わたくしも、基本的には午前は神への勤めをはたす時間ですので、なんとか、人と会わないように調整することは可能です」



 たぶん。

 午後に馬車馬のごとく働けば。



 イギリスが尊大な態度で言う。


「帝国へ布教に行きたいと願い出ろ」


「聖女の都合でそのようなことはできません。聖女と言えば、通りは良いですが、いわゆる名誉職とか、象徴的な扱いなのです。教国側の都合で、行けと言われれば行きますし、留まれと言われれば留まるだけです。拒否権や、ましてや提案するようなことはゆるされていません」


「そんなことはないだろう。十二人いるという聖女たちは、しきりに避暑地などへも行っていると聞く」


 よく知っているわね。


 でも、それができるのは、貴族出身のお嬢様だけよ。


「それは、後ろ盾のある聖女だけでございます」


「聖女にはないのか」


「はい。わたくしは奴隷出身ですので、後ろ盾などはありません」


 イギリスは、すこし考えるようにしから、言った。


「奴隷出身の聖女が、一番麗しい噂を身に持っているのだな」


 でたでた。

 もう聞きなれて来たわね、この皮肉。


「おそれいります」


 フランスがにっこり答えると、イギリスは面白くなさそうな顔をした。


 フランスは気にせず、にっこりしたまま言った。


「ひとつ、提案があるのですが」


「なんだ」


「入れかわっている間、補佐をたのめる人間には、このことを打ち明けてはどうでしょうか。ひとりだけでも」


 イギリスが鼻で笑った。


「この話をして、信じるものがいると?」


「まあ、難しいでしょうけれど、明日も、もし入れかわることになれば、信じるしかないことです」




     *




「というわけで、わたしたちは朝起きてから、正午まで身体が、あ、いや、中身が、入れかわります」


 フランスがそう言うと、目の前のふたりは、どちらも黙った。



 そりゃそうよね。



 フランスの目の前には、呼び出されたアミアンがいる。彼女の目と表情は、おそらくこう言っていた。


『お嬢様! 一体これは何です? おどかそうとしています? 皇帝陛下の前でよくもそんな、ふざけていられますね』


 そうね。


 急に、帝国の皇帝の部屋に呼び出された挙句、こんなとんちんかんなこと聞かされたら、そう思うわよね。


 フランスはイギリスの目の前にいる、男に目をやった。イギリスの最側近である、ダラム卿だ。


 彼は、あまり驚きも焦ってもいない顔で、口元に片手をそえて、考えるような仕草をしていた。


 アミアンが手をあげた。

 イギリスが無反応なので、フランスが促した。


「どうぞ」


「え、あの、これは、本当の本当の……、本当に、そうなんですか?」


 アミアンは、かなり、動揺しているようで、不安そうな顔だった。


「本当よ」


「え、でも」


 フランスは、イギリスに目をやって言った。


「本当ですよね? 陛下」


「本当だ」

 

 イギリスの答えを聞いて、アミアンが情けない顔をする。


「えぇ……」


 さすがに帝国の皇帝陛下にそう言われては、信じるしかないと思ったのか、アミアンは一旦飲み込むことにしたらしい。具体的なことを聞いてくる。


「一体、いつから……、え、なぜ、そのようなことに?」


「調印式からよ。この城についた次の日から、そういうことに」


「だから、あんな騒ぎを起こしていたんですね」


 そういえば、まわりではあの騒ぎが何と言われているのか気になった。


 アミアンなら、きっといつも通り、うわさを聞いて回ってくれているに違いない。


「あれ、どういう騒ぎって言われているの?」


 アミアンが、よく聞いてくれましたね、ちゃんと用意してありますよ、というように胸をはって答えた。


「聖女フランスが、皇帝陛下をたぶらかしていると、噂になっています」


 フランスは笑って言った。


「へえ、面白いわね」


 イギリスがちらっとこちらを見た。

 すごく迷惑そうな顔をしている。


 なによ。


 良かったじゃない。皇帝が聖女につきまとっているとかいう噂じゃなくて。『悪女』のうわさに感謝してほしいくらいよ。


 フランスも胸をはって、アミアンに向かって言った。


「ちなみに、なぜ入れかわるようになったかは、全く謎よ」


「え~」


 それまで黙っていたダラム卿が口をひらいた。


「陛下、こうなったことに、何か原因があるはずです。お心当たりはございますか」


 イギリスは疲れた表情で言った。


「ベルンの泉で、わたしの投げた金貨が、聖女の投げた金貨とぶつかって、泉に落ちたらしい。われわれの接触があったのは、それくらいだ」


「では、泉について、わたくしが調査いたします」


 さすが、ダラム卿ね。

 仕事ができる。


 ダラム卿が、フランスにやわらかな笑顔を向けて言った。


「明日も、入れかわることになれば、わたくしが補佐いたします。どうぞ、よろしくお願いいたします、聖女様」


「よろしくお願いいたします」


 急に、アミアンがはっとした顔をして、まずい、みたいな顔をした。


「アミアン、どうしたの?」


「お嬢様……、入れかわるのって……、朝から正午までなんですよね?」


「ええ、そうみたい」


「じゃあ、調印式の日も……、朝から、お嬢様の身体に、皇帝陛下が……?」


「そうね」


 アミアンの視線が、おそるおそるといった様子で、イギリスに向いた。

 なぜか、イギリスがぷいと顔をそむける。


 アミアンの顔が、急激に青くなった。



 アミアン……?



 あなた、いったい何したの……。


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