第149話 助祭に聞いてみよう
フランスは、シトーとつれだって、午後の町を歩いていた。
昨夜の舞踏会とは、打って変わって、いつものほっとする日常だ。
まだ、昨日のうわさは出回っていないだろうから、フードを目深にかぶって用心深く外出するのは変わらないが、いくらか気持ちが楽だった。
これも、陛下のおかげかしら。
きっと、そのうち、また気楽に外出できるようになるわね。
シトーがパンのかごを持っている。
今日はいつもの町まわりだった。
もう、まわるべきところは、すべてまわり終えてしまった。
「ね、シトー、ちょっと寄り道しない?」
フランスの言葉に、シトーがうなずく。
ずいぶん教会からはなれて、町はずれまで来た。
「ひさしぶりに、丘のうえから町でもながめて、ちょっと休憩よ」
フランスとシトーは、なだらかな坂をのぼって、町はずれにある丘の上まできた。
まわりに木は少なく、てっぺんまでのぼると町が見渡せる。
丘の上には、くぼんだ場所に雨水がたまるのか大き目の池がある。
夏場は町の子供たちが、水浴びしたりして遊んでいるが、今は誰もいなくて閑散としていた。
池のほとりにふたりで座る。
町から風が吹いている。
しずかな時間だった。
フランスは、そっと視線だけシトーにやった。
シトーが、風にすこし目を細めながら、町をながめている横顔。
いまは、どんな気持ちかしら。
いつも無表情で何も言わない彼は、どんな気持ちでいるのかしら。
聞いてみなきゃ、わからない。
フランスはシトーの手に視線をやってから言った。
「ねえ、シトー」
シトーがフランスに目を合わせる。
聞くことで、いやなことを思い出させたりするのかしら。
でも、もっと、よく知って寄り添いたい。
無理に話させたくはないけれど……。
聞くことまでを、罪とはなさらないでしょう、主よ。
フランスは思いきって聞いた。
「なぜ、触れようとしないの?」
これじゃ、答えにくいかしら。
フランスは、言い換えてみた。
「わたしに、触れるのは嫌?」
シトーは、困ったような顔をした。
嫌そうな顔じゃない。
シトーは絶対に自分からは言わないわ。
ここは、勢いでいくわよ!
「ね、答えたくなければ、答えなくてもいいわ。でも、わたし、あなたのこともっと知りたいの。だから、今からたくさん聞くわ。嫌な内容もあるかもしれない。もうやめてほしいってなったら、こうして」
フランスは片手をあげて、シトーに手のひらを向ける仕草をした。
「こうされたら、わたし、あなたに色々聞くのをやめるから」
シトーが、困ったような顔のまま、うなずいた。
「わたしに触れるのが、嫌なわけじゃない?」
シトーが、ほんのすこしためらってから、うなずいた。
よしよし。
いいわ。
……良かった。
わたしに触れるのが嫌だったら、ちょっと、いやかなりへこんだかもしれない。
この調子で、根掘り葉掘りいくわよ。
なぜ、触れようとしないのか。
話さない相手に聞くのって、なかなか難しいわね。
「あなたが、ひとに触れないのは、あー……、触れるのが気持ち悪いから?」
シトーが首を横にふる。
ちがうのね。
嫌なわけでも、気持ち悪くもない。
それじゃあ……。
「触れるのがこわいの?」
すこししてから、シトーがうなずく。
こわい?
フランスは、シトーとはじめてあった時のことを思い出した。
あのドラ息子、なんと言っていたかしら。
きっと、長いこと、修道院でシトーのことをいじめていたんだろう、あの男。
『近寄らない方がいいぞ。北方人に触れると病気になるからな。生まれながらにして罪深い蛮人だ』
フランスは口にするのも嫌だったが、思いきって聞いた。
「あなたが、北方人だから? 罪深いものだから、人に触れないの?」
シトーがじっとフランスの目を見つめて、うなずいた。
彼の表情には、悲しみや苦しみは見えない。
見えないようにしているだけかもしれない。
ただ、いつもの無表情がそこにあった。
ドラ息子にひどく言われている時も、そうだったように。
フランスは、悲しい気持ちになって言った。
「あなたのことを、罪深いものだと言ったのは、修道院にいた者たち?」
シトーがうなずく。
でも、それだけかしら。
「他の者にも、言われた?」
シトーがうなずく。
修道院には、かなり幼いころから入っていたはずだ。
シトーはたしか孤児院の出身でもない。
嫌な予感がした。
「あなたの……、親が、そう言った?」
シトーがうなずく。
なんてこと。
フランスは泣きたくなった。
「あなたの親は……シトー、あなたのことを……抱きしめてくれた?」
シトーが首を横にふる。
「そっか」
シトーはまだ手をあげない。
フランスは、じわっとあふれそうになる涙を、鼻をすんとして落ち着かせて質問をつづけた。
「父親も母親も、いたの?」
シトーが首を横にふる。
「父親だけ?」
シトーがさらに首をふった。
母親ね。
フランスは想像してみた。
教国には、北方人はほとんどいない。修道院でも、迷信的な内容で北方人を毛嫌いする者がいるくらい、ほとんど教国では目にしない存在だ。
シトーの母親が、もし、たよる者もなくひとりで教国にいたのなら……。
ひどい扱いを受けていたのかもしれない。
もしや、望んだ子でもなかったかもしれない。
母親の苦しみのはけ口が、弱い存在に向けられたとしたら……。
「母親が、あなたにひどいことを言ったのは、一度だけ?」
シトーが首を横にふる。
「それじゃあ、母親が、優しいことを言った記憶はある?」
うなずいてほしかった。
でも、シトーは、首を横にふった。
ああ、主よ。




