第146話 良いこと、あれーッ!!
フランスの手を、領主の娘ちゃんが勢いよくはなす。
そして、汚いものをはらうみたいな仕草をした。
腹立つわね。
フランスは、両手で、娘ちゃんの体中さわってやった。
娘ちゃんが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「やめなさいよ!」
フランスは笑った。
イギリスがあきれた声で言う。
「ほんとに、何してたんだ」
「いじめてるんです」
フランスがにやっとしてそう言うと、イギリスがやれやれみたいな顔をした。
「教国では、いじめ合うのに、池に向かって石をなげるのか? お洒落すぎて、帝国でも流行りそうだな」
フランスも、イギリスと同じようにやれやれ、みたいな顔をつくって返した。
「帝国じゃ、できないかもしれませんね。おかたい石ばっかりで、石投げにはむいていなさそう」
ふたりでじとっとにらみ合う。
いつものやつ。
フランスは、ひとつ石をイギリスにわたして言った。
「三回はねたら、良いことがあります」
「三回? そんなに簡単じゃ良いことばっかりになって面白くないだろ。五回だ」
「あら、自信がおありで? どうぞ」
フランスが場所をゆずると、イギリスが余裕の表情で、池のほとりに立った。
あら、ほんとに自信があるのね。
イギリスが投げる。
二回はねて終わった。
フランスは、一回目だし、と思って、イギリスと娘ちゃんに視線をやって言った。
「見なかったことにしてあげます。ね?」
娘ちゃんがうなずく。
「でも、次そんなだったら、笑うからね」
フランスの言葉に、イギリスが鼻をならしてから、勢いよくなげた。
一回はねて、終わった。
フランスが笑うと、娘ちゃんも遠慮気味に笑った。
フランスは笑いながら言った。
「わざとやってるんじゃないでしょうね?」
「本気でやった」
「五回の自信はどこから来たのよ」
「昔はできた……」
「昔って、まさか、三百年前とか?」
イギリスがうなずく。
三百年前は、石投げとかしたんだ。
皇帝でも。
いや、皇帝になる前かしら。
そう考えると、皇帝といっても、ふつうの人だし、むかしはふつうの男の子だったのね。そりゃそうだけど、なんだか不思議。
しばらく三人で投げると、急に娘ちゃんの石が四回はねた。
フランスは思わず言った。
「すごい!」
娘ちゃんは、そのあとも投げた。
何度も。
三回、四回、二回、石がはねる。
そして、ついに、五回。
フランスは嬉しくなって、娘ちゃんに飛びついた。
彼女は、フランスを払いのけたりしなかった。
小さい声で「ばかみたい」と言ったけれど、その声はずいぶん柔らかかった。
娘ちゃんが、なんだか力を抜いた様子で言う。
「こんなの、子供だましよ」
フランスは笑って答えた。
「そうですね」
娘ちゃんが、不満げな顔をした。
フランスは娘ちゃんに向き合って言った。
「自分ではどうしようも、変えられないこともあります」
フランスは、アキテーヌを追われた日を思い出しながら言った。
「でも、変えられることもある」
フランスが娘ちゃんの目を見つめると、彼女もじっと見つめ返していた。
「あなたとこうやって、一緒に石を投げて笑うなんて、教会であのお遊びをした日には想像もつかなかったでしょう? でも、変えようと思えば、変えられる。あなたとわたしの気持ちも、関係も」
娘ちゃんはフランスの言葉を聞きながら、何とも言えない顔をしていた。
フランスは笑顔でつづけた。
「手紙を書いてくださいよ。お遊びしたいほど、むかつくことがあったりしたら、書いてください。天気が、良くても、悪くても。書きたくなったら」
「なんで、あなたなんかに」
「気にかけてくれる誰かがいるって、きっと、とても心強いことだから。たとえ、それが、どこにだっているネズミでも」
そのとき、使用人が遠慮気味に声をかけてきた。
どうやら、領主が娘ちゃんを呼んでいるようだ。
娘ちゃんが、イギリスにむかって礼儀正しく礼をする。フランスにはちらっと視線をやり、そのまま何も言わずに去って行った。
やれやれ。
元気で過ごしてくれるといいけれど。
イギリスが娘ちゃんの背を見送りながら言った。
「また、おせっかいか」
「そうですね」
「なぜ、わたしと躍らせたんだ?」
「彼女、あのあどけなさのまま、後妻として年老いた方のところに嫁がれるとか」
「……」
「美男ですてきな皇帝陛下と、大きな舞踏会で、最初の踊りをふたりっきりで踊るなんて、ロマンチックじゃないですか」
「そんなものが、何かの役に立つか?」
「さあ……。でも、美しい思い出って、いろんな時に心をあたためてくれるから」
幼いころアキテーヌの城の庭園でアミアンとくっついて妖精の女王様の歌声を聞いた景色を思い出す。美しい花たち、美しい人、美しい声。夢みたいな、あの日。
思い出すたびに、素敵な気持ちになる。
たとえ、それが過ぎ去った日のことでも。
「背中を蹴りつけられても、世話をやくんだな」
「蹴り返すときもありますよ」
「知ってる。今日、蹴られた」
フランスは笑った。
根に持ってるのね。
「陛下も、一緒でしょう?」
「なにがだ?」
「世話をやいて、先生扱いしてくれたじゃないですか」
「なんとなく、思いついただけだ」
うそつき。
あんなに、大勢の前で、先生と何度も呼んで、まるで身を低くするようにフランスに接していた。
悪女フランスというよりも、あれは……、聖女フランスとしての扱いだった。
「ありがとうございます、陛下」
「ともだち」
イギリスの顔を見ると、なんだか不機嫌な顔をしていた。
フランスは笑って言った。
「ありがとう、イギリス」
ふたりで笑う。
「でも、石投げはへたね」
「……」
イギリスがまた石をひろってなげようとするので、腕をつかんで止める。
「だめよ、わたしたち、この感じじゃ、石投げしてる間に舞踏会終わっちゃうわ」
「もうちょっと投げたらコツを思い出す」
「ああ、もう、十分投げてる姿がかっこよかったわ。もう行くわよ」
「でも」
「行くのよ」
イギリスが、ちょっと不満そうに石をぽいっとやった。
フランスは、イギリスの腕をぽんぽんとやって言った。
「本当に、かっこよかったわ。今もとっても素敵」
「そうか」
イギリスが気分良さそうにした。
まったく、かわいいんだから。




