第145話 聖女のメンタルは鋼でできている
フランスは、なれない庭園をきょろきょろやりながら歩いた。
舞踏会の時間が経てば、庭園にも人が増えるが、まだ音楽が始まったばかりだ。
庭園には、誰もいないかった。
少し進むと、立派な池があった。
そのほとりの大きな木の下に、五番目の娘ちゃんがひとりで立っている。
やれやれ。
フランスは、足音を立てないように、そおっと近づいた。
真後ろまで近づいて声をかける。
「なに、泣いてるんです?」
「キャーッ‼」
「キャーッ‼」
娘ちゃんの叫び声にびっくりして、フランスまで叫んでしまった。
びっくりしたあ!
娘ちゃんがふりむいて、いつものようにいじわるな顔をして言った。
「こんなところに何の用よ。いやしいものは、わきまえないから、どこでもネズミみたいにうろうろするのね!」
フランスは大きくため息をついた。
相変わらずねえ、もう。
いや、もういっそ、居心地がいいくらいよ。
「踊っている間は、楽しそうだったのに、泣くんですね」
フランスがそう言うと、娘ちゃんはご令嬢らしからぬ仕草で、ぐいと涙をふいて叫ぶように言った。
「うるさいわね! 笑いにでも来たの⁉ 放っておいて!」
フランスはいじわるな顔をつくって言った。
「婚約されるそうですね。おめでとうございます」
娘ちゃんはそれを聞いて、顔を真っ赤にして怒った。
「お前のようなものに、何がわかる! さぞかし、いい気分でしょうね! 自分は皇帝陛下によくされて、さぞ優越感に浸って、わたしのことを指名したんでしょう」
「……」
「何様のつもりよ! いいかげんにして!」
「……」
「何か言いなさいよ!」
「……」
フランスがあんまり何も言わないから、娘ちゃんは徐々に声の勢いを落としていった。
フランスは、娘ちゃんが何も言わなくなってから、言った。
「嫌なんですね、婚約が」
娘ちゃんが手をふりあげる。
そう、何度も、同じ手はくわないわよ。
フランスは、大きく一歩ふみだして、娘ちゃんがふりあげた手をつかんだ。
手をつかんだまま、笑顔で言ってやる。
「あら、残念。今回は、うまくいきませんでしたね」
「はなしなさいよ! けがらわしい!」
はなしなさいよ~。
けがらわちい~。
フランスは脳内で、娘ちゃんの真似をした。
まったく。
フランスは、娘ちゃんの頬にチュッとしてやった。
しっかり音を立ててキスしてやる。
娘ちゃんが、怒りからか、身体をふるわせながら言った。
「な、な、な」
フランスは笑顔で返す。
「な、な、な?」
「なにするのよーーーッ‼」
娘ちゃんがもう片方の手を振り上げたので、フランスはそっちもしっかり掴んだ。
今度は反対の頬にチュッとしてやる。
娘ちゃんが腹の底から声出してます、といった声で叫んだ。
「何してるのよ! 頭おかしいんじゃないの! やめなさいよ! バカ聖女‼」
フランスは笑って、言った。
「ねえ、わたしたちの今の姿。どんなだと思います? まるでカニの喧嘩ですよ」
娘ちゃんが両手をあげて、フランスがそれを掴んでとめている。
娘ちゃんが、急に我に返ったのか、力をぬいて言った。
「馬鹿らしい」
「ほんと、バカみたいですね」
娘ちゃんが手をおろしたので、フランスも手をはなした。
娘ちゃんが、吐き捨てるみたいにして言う。
「何の用よ」
「元気づけようと思って」
「はあ?」
「あなたのために、祈ろうと思って来たんです」
「聖女ヅラしないでよ。ぶす」
あ……。
今のは、ちょっとカチンときたわよ!
フランスは、思わず言い返した。
「ぶすって言う方が、ぶす!」
娘ちゃんも勢いよく言い返してきて、言い合いになる。
「ちびの、ぶす!」
「態度が、ぶす!」
「目つきが、ぶす!」
腹立つわね!
目つきは気にしてるのよ!
「あんまり、可愛くないことばっかり言ってると、またキスしますよ!」
「意味がわからないわよ」
娘ちゃんが、心底嫌そうな顔をした。
フランスはちょっと笑って言った。
「元気づけに来たのは本当ですよ」
「何でよ」
「悪いことがあっても、良いこともあるって、信じて欲しいからです」
娘ちゃんは、イライラとした声で言った。
「あなたに何が分かるの」
「分かりませんよ、貴族のお嬢様のお悩みなんて。誰も人の心の内側までは分からないのが、あたりまえでしょ」
「……」
フランスは、足元の高級そうな石ころをひろって、池に向かって投げた。
風を切るみたいにして投げた石が、一回だけ水面ではねる。
一回だけ?
へたね。
もう一回投げる。
娘ちゃんが、不審がるようにして言う。
「なにしてるのよ」
「三回はねたら、良いことがあります」
「はあ?」
フランスがもう一度投げると、娘ちゃんが小さな声で「ばかみたい」と言う。
フランスは、いじわるな顔をつくって、娘ちゃんの目を見つめ返して言った。
「ああ、石ころも上手に投げられないんですね。投げる前から降参です?」
「なんですって!」
娘ちゃんが、足元の石をいくつかひろった。
何回かなげるが、彼女の石は、ぼちゃんと落ちるだけだった。
フランスは、となりで投げる時の動きをゆっくりしながら言った。
「こうやるんです。ちょっと横から、風を切るみたいになげる」
「……」
意外にも、娘ちゃんは、何も言わず、言われた通りの動きで投げた。
娘ちゃんの投げた石が、二回はねた。
フランスは信じられない気持ちで言った。
「うそでしょ。なんで最初から二回もはねるのよ」
娘ちゃんが得意げに言う。
「いやしいものは、石をなげるのもへたなのね」
むかつくわね。
フランスもむきになって投げるが、一回しかはねない。
娘ちゃんは投げるたびに一回か、二回はねる。
二人、無言で、わざわざ買ってしきつめてあるだろう、高級そうなつるりとした石を、ひろっては投げ続けた。
「なにしてる」
急に後ろから声がして、フランスと娘ちゃんはお互いの手を掴んで叫んだ。
「キャーッ!」
「キャーッ!」
そのまま振り向くと、イギリスが、おそれるような顔で立っていた。




