第144話 領主の五番目の娘ちゃん
フランスは、ずらりと並ぶ領主の娘たち、ひとりひとりに目をやった。
一番端にいた。五番目の娘ちゃんが。
久しぶりね。
よくも背中を蹴りまくってくれたわね。
フランスと目が合うと、五番目の娘ちゃんが、あきらかに嫌そうな顔をした。
すぐに顔に出るんだから。
そんなので、西側に嫁いでいって大丈夫なんでしょうね。
なんだか、心配だわ。
五番目の娘ちゃんは、フランスなんかに興味はないとばかりに、すぐにイギリスに目をちらちらとやって、恥じらうような表情をした。
ははあ。
なるほど。
聖女のこと蹴りつけに来るくらいだもの。
教会で目にして、気に入っちゃったのかもね。
フランスも、ちらとイギリスを見る。
綺麗な顔。
イギリスが、フランスの視線に気づき、にっこりと微笑んで言った。
「先生と、踊らせていただけるのなら、この上ない栄誉です」
そっか。
わたしが選ぶということは、わたしを選んでもいいってことね。
なるほど。
フランスは、にっこりとして言った。
「あら、せっかくご招待いただいたのです。領主さまのご厚意を無下にはできませんわ」
フランスの言葉に、領主が満足そうにうなずく。
奥方も満足そうにほほえんでいた。
こっちのご機嫌取りもしておかないとね。
フランスは、イギリスの手を取って、目当ての娘の前に立った。
まさか、選ばれるとは思っていなかったのか、五番目の娘ちゃんが目を見開く。
イギリスが、いいのか? という視線をよこした。
いいの。
お願いね。
そういう意味をこめて、にっこり微笑む。
イギリスは、うなずいて、五番目の娘ちゃんにむきなおり、礼儀正しく言った。
「わたしに、あなたと踊る栄誉をあたえてくださいますか?」
イギリスが差し出した手に、五番目の娘ちゃんが手をのせて言う。
「はい、よろこんで」
恥じらいながら、嬉しそうな娘ちゃんの顔が印象的だった。
領主と奥方も満足そうな顔をしている。
五番目の娘ちゃんは、うっとりした顔でイギリスを見上げていた。
領主が手をあげて合図をすると、音楽が始まった。
会場の真ん中に、イギリスが五番目の娘ちゃんをエスコートして出る。
ふたりだけの踊りがはじまった。
素敵な光景ね。
まるで、お姫様と、王子様みたい。
物語から飛び出してきたように見える。
音楽が二巡目をむかえると、まわりで見ものしていた人たちも踊りに参加する。色とりどりのドレスがゆれる。舞踏会らしくなってきた。
フランスは、あらためて五番目の娘ちゃんの顔を見た。
嬉しそうな顔してるわね。
わかりやすい子。
ふと、視界のはしに、アミアンがひかえめに手を振って合図している姿が見えた。
イギリスのために用意された観覧席で、ダラム卿とアミアンが座っていた。立派な観覧席には、四人の席が設けられている。
フランスは、アミアンの近くに行った。
アミアンが、フランスの耳にそっと小さく言う。
「お嬢様、あそこに……」
アミアンが指さす先は、会場のはしのおくまった場所だった。
使用人たちが多くいるように見えるが、はっきりとは見えない。
「あそこに、五番目のご令嬢づきの侍女がいます」
「え、よく見えるわね」
会場はたくさんの灯りがつけられているとはいえ、薄暗い。
それに、アミアンの指さす先は、けっこう離れた場所だ。
しかし、アミアンは確信していそうな声で言う。
「どうやら、そば仕えの使用人たちが時間をつぶす場所みたいです」
「へえ」
「この観覧席の裏からまわって行けば、きっと気づかれずに近づけますよ」
さすが、アミアン。
フランスは、にやっとしてアミアンに言った。
「なにか、うわさ話が聞けそうね」
「様子をみて来ましょうか?」
フランスは、ちょっと考えてから言った。
「わたし、行ってくるわ」
アミアンは、笑顔で、そうですか、と言った。
たまには、こっそり隠れてうわさ集め、なんていうのも、なんだかワクワクする。
フランスは、こっそりと観覧席をおりて、裏に回り込み、侍女がいる場所に近づいた。
見慣れた姿を見つける。
五番目の娘ちゃんの侍女だ。
アミアンがかついで捨てに行った子ね。
アミアンったら、本当に観覧席から見えていたのね。
すごいわ。
五番目の娘ちゃんの侍女は、今は、お世話をする人間がいないからか、ほかの侍女仲間とお喋りしているようだった。
ここは、舞踏会会場からあまり明け透けに見えないよう柱や垂れ幕、調度品なんかが多く置かれている。フランスは、物陰に隠れながら、侍女たちに近づいた。
柱の陰にかくれて、耳をすませる。
五番目の娘ちゃんの侍女に、他の侍女が話しかけている。
「あんたよかったじゃない。今日は、お嬢様ご機嫌なんじゃない? 皇帝陛下と踊ってさ」
「どうだか。すぐに怒るんだから。わかんないわ」
不用心ね、主人の悪口を軽々しく言うなんて。
いや、でも、舞踏会会場だからこそかもしれない。
普段よりも華やかな雰囲気の中、侍女も手が空けば、ここでは酒を手にすることもある。しかも、自分の仕える家の侍女以外とも話せる機会だ。より悪口も言いやすいかもしれない。
フランスは、さらに聞き耳を立てた。
「あんた、あのお嬢様について西側にいくんでしょ?」
「いやよ。やっと離れられるわ。ご主人様に願い出て、こっちに置いてもらうつもりよ。どうやら、むこうはこっちから使用人を送り付けてほしくないらしいから、多分、うまくいくわ」
話し相手が、甲高い声で笑う声が聞こえる。
「あのお嬢様も、ようやく大人しくなるかもね。取り巻きのお嬢さんがただって、別に仲が良いってわけでもないし、西側に行ったらどうせ音沙汰なしになるんでしょ」
「大人しくなるなんて想像つかないわ。すぐに鞭をふりあげるんだから。向こうでも同じようにするんでしょ。早いとこ移る日が決まって欲しいわよ」
「冷たいのね。長いことつかえたくせに」
「あんただって、自分のお嬢様のこと、好き放題言ってるじゃない」
「たまに言うくらい、いいでしょ。何回鞭で打たれたと思ってるのよ」
「は~、やだやだ、一生こんな感じかしら」
「そうじゃないの。やりすごすだけよ」
「そうね。わたしたちって、人じゃないものね」
「そうそう、わたしたちは、人じゃなくて、使用人よ」
フランスは、そこまで聞いて、そっとその場を離れた。
五番目の娘ちゃん自身の態度が招いた結果だとしても、すこし悲しい気がした。彼女の回りには、だれか、親身に思う者はいるだろうか。
侍女の言い分も、よくわかる。
なんとも言えない気分になって、知らずため息がでた。
五番目の娘ちゃんが、イギリスを見上げる顔を思い出す。
ほんのり恥じらうように染まった頬の、あどけない線。その線には、邪悪さなど見えはしない。ただ、幼さがあった。
観覧席にもどると、ちょうど、音楽が終わった。
会場の真ん中で、イギリスと五番目の娘ちゃんが、お互いに礼をしている。
あっという間に、終わっちゃったのね。
イギリスがエスコートして一緒に戻ってくるかと思ったが、五番目の娘ちゃんは、そのまま会場の外の庭園に向かったようだった。
フランスは、観覧席をおりて娘ちゃんを追いかけることにした。




