第143話 領主の娘たち
フランスは、イギリスにエスコートされて会場に戻り、キョロキョロやった。
アミアンどこかしら。
あ、いた。
アミアンとダラム卿は、お菓子が置いてあるあたりで、何やらもぐついているようだった。
イギリスとフランスが近づくと、アミアンが楽しそうに手をふる。
「お嬢様、お菓子もお酒も美味しいです」
「見てくださいフランス。これ、全部アミアンが飲んだグラスです」
ダラム卿がわくわくした顔で、どうだ、という感じで見せつけて来る。
テーブルの上にあるのは、空の大量のグラスだった。
すごい。
すごすぎる。
ダラム卿が感心しきりに言う。
「どうしても見せたくて、グラスを下げないように頼んだんです」
イギリスがなぜか得意の感じで言った。
「アミアンは、ぶどう酒をひと樽くらいは軽く飲める」
ダラム卿が驚いたあと、眉をしかめて言った。
「えっ、なんでそんなことご存知なんで……。ずるいです。わたしだけ仲間はずれにして、飲みに行ったんですか!」
イギリスが、さらに得意そうに言う。
「三人で行った」
「それはずるすぎます‼」
帝国の皇帝と、その最側近の会話がこれだなんてね。
フランスは、あまりに微笑ましいふたりの様子に笑った。
それにしても。
この感じじゃ、何も聞いて回れなかったかしら。
今日は目立ちすぎるから、自分ではあちこち聞いて回れないし……。
フランスが、うーんとやっていると、アミアンが側に来て、ちいさい声で言った。
「お嬢様、うわさ、集めてきましたよ」
さすがアミアン‼
こんなに飲んでいるのに、いつの間に集めるのよ!
「すごいわ、アミアン。すごすぎよ!」
アミアンが得意そうな顔をする。
ダラム卿が「ないしょ話ですか?」とからかうように言うので、フランスはアミアンに抱きついて言った。
「ちょっと、女同士のないしょ話です」
ダラム卿が、からかうような顔で言った。
「こわいですね。きっと、陛下の悪口ですね」
イギリスが不安そうな顔でフランスに向かって言う。
「そうなのか?」
「ちがうわ」
どうしちゃったのよ。
今日はずいぶん不安そうにするのね。
フランスはひらひらっとイギリスに向かって手をふっておいた。
アミアンと顔をくっつけて、ないしょ話する。
「どうだった?」
「どうやら、まだ姿は見えませんが、今日は領主の五番目のご令嬢も来ているようです」
やっぱり来てるわよね。
背中を蹴りまくってくれた、五番目の娘ちゃん。
あとで紹介されたりするのかしら。
未婚の娘を、皇帝に会わせないってことはないと思うけれど。
フランスは首をかしげて言った。
「未婚の娘をまっさきに出してこないなんて、おかしいわね」
アミアンが声を小さくして言う。
「どうやら、未婚のご令嬢ではなくなったようですよ」
「あ、やっぱり? え、婚約とか?」
結婚したとなれば、もっとうわさで聞こえてきそうなものだが、何もそういったうわさを聞かなかった。
「はい、まだ正式な婚約式も終わっていないようですが、もう領主同士での話は決まっているそうです」
「なるほどね、お相手は?」
「東西の境に領地をお持ちの方だそうです」
境界の……、それじゃあ。
「もしかして西側の方?」
「はい」
なるほどね。
最近、東側と西側の関係が悪化しているから、境界の領主は、どちらも取り込んでおこうというつもりだろうか。東側の領主としても、五番目の娘を境界に置くことで衝突を避けられるのなら、という目的もあるのかもしれない。
アミアンが、残念そうに言った。
「ずいぶん、お年を召していらっしゃるそうです」
「そっか……。後妻とか?」
「みたいです」
なるほど……。
もしや、フランスの背中を蹴り倒していた頃には、すでにこの話は決まっていたのかもしれない。
それで、不満が爆発したのね、きっと。
五番目の娘ちゃんの、いかにもいじわるしてやろうという面構えを思い出した。
フランスよりもおさない、その顔。
その時、会場の真ん中で音が鳴った。
ベルを鳴らす音。
使用人が近づいてきて、イギリスに向かって身を低くして言った。
「イギリス皇帝陛下、音楽がはじまりますので、どうぞこちらへ」
ふうん。
身分が高いと、こんな感じなのね。
使用人に案内されたのは、会場の奥にある、一段高く作られた観覧席だった。
中央に階段がもうけられていて、舞台のようになっている。真ん中はひらけていて、右側には領主の席が、左側にはイギリスの席が用意されている。
会場中が見わたせる。
特別な観覧席ね。
素敵。
ダラム卿とアミアンもうしろからついてくる。
檀上に上がると、領主と奥方がイギリスにあらためて挨拶をした。
「イギリス皇帝陛下、今宵は特別音楽にも趣向をこらしております。どうぞ、こちらの席でおくつろぎください」
「ああ」
「これから、最初の音楽が始まりますが……」
領主がそう言って、うかがうような表情をした。
あら。
何を言うつもりかしら。
「是非とも、陛下と最初に踊る華々しい栄誉を、娘たちにいただけませんでしょうか」
そう言って、領主はイギリスの返事を聞く間もなく、後ろに向かって言った。
「おまえたち、こちらへ!」
領主の娘たちがずらりとならぶ。
みな立派に着飾った美しい娘たちだった。
あらあら、もう婚姻済みなのに、全員戻してきたのね。
一番目から五番目の娘ちゃんまで勢ぞろいじゃない。
このお披露目のために、さっきまで会場に娘ちゃんたちの姿がなかったのね。
まあ、皇帝陛下と踊ったなんてはくがつくものね。
イギリスが、フランスの腕をつかんで近くに引き寄せるようにして、言った。
「先生」
あ、まだ、続いてるのね、その設定。
フランスは、とくに何も考えずに返事をした。
「はい、陛下」
イギリスが、いつもより優しい、いかにも演技してます、の声で言う。
「先生、そのように冷たくなさらないでください。いつものように、呼んでください」
フランスは思わず笑った。
早速、ともだちの呼び方、お披露目させるつもり?
フランスは、面白くなってきて、あごをつんとあげて悪女らしく言った。
「ええ、イギリス」
まわりが、ざわつく。
イギリスが、あきらかにふざけていそうな視線で言った。
「どうか、先生が選んでください」
「わたくしが?」
「ええ、わたしが、だれと踊るべきか」
なるほどね。
面白い選択だわ。
フランスはわくわくしながら、悪そうな顔をつくって言った。
「そうね、それじゃあ……」
だれにしようかな!




