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第142話 魔王と聖女は、ともだちになれる

 フランスは、つらい気持ちのまま、振り向き、イギリスに向かって言った。


「陛下に、はじめて名前を呼んでいただけるなんて、光栄ですわ」


 こんな時じゃなければ、きっと、ほんとにすごく嬉しかったに違いない。

 でも、今は、どう思っていいかわからない。


 イギリスが、近くに来て、すこしためらってから、フランスの手をとった。


 そうして、フランスの目をじっと見つめて言う。


「フランス、怒るな」


 今まで通りの、言い方。

 でも、男に対する言い方とも、使用人に対する言い方とも違った。


 言葉だけなら、命令するようなのに、彼の声と表情は、まるで困り果てて、悲しげだった。


 やめてよ。

 まるで、わたしがいじめたみたいじゃない。


 フランスが何も言わずにいると、イギリスが口をひらいた。


「あなたが望むなら、この話し方はあらためます」


 フランスはそれを聞いて、それも嫌だなと思った。


 まるで、よそよそしい。


 わがままばっかりね。

 どうしたら、気分が落ち着くっていうのかしら。


 ややこしいったらないわ。


 フランスは、自分自身のことに対して腹が立った。


 イギリスが続けて言う。


「でも、もし、きみがゆるしてくれるなら、わたしは今まで通りにしたい」


 使用人と話すみたいで、気楽だからかしら。


 フランスがじっと見つめると、イギリスはなにか言いづらそうにした。

 何度か、ためらったあと、彼はようやっと言った。


「最初にあった時に、きみについて勘違いしていたから、随分と失礼な話し方をしたままだったことは、自分でも分かっている。でも……、きみと話をするのが……」


 そこまで言って、彼はひどくつらそうな様子になった。


 また、しばらくして言う。


「立場もなにも関係なく、きみと話をするのが……、楽しかったんだ」


 フランスは泣きそうになった。


 楽しい、と言ってくれるのね。

 仮面舞踏会のときには、楽しそうにしていても、言葉にはならなかったのに。


 ずるいわ。


 そんな風に言われたら、嬉しくないわけがないもの。


 フランスが何と答えたものか悩んでいると、イギリスがフランスの手をぎゅっとやって言った。


「ともだちに……、なってくれるんだろう?」


 フランスは驚いて、彼の顔をまじまじと見た。


 イギリスの表情は、なんだか頼りなさげに見える。

 不安そうな顔。


 ブールジュとスロー酒を飲んで酔った夜、ともだちになりませんかと言ったフランスに、イギリスはこう言った。


『きみも、先に死ぬ』


 それなのに、ともだちに、なってくれるんだろうか。

 自分が、このさき、おいていかれる悲しみを引き受けたとしても。


 楽しかったと言うことが、ともだちになると言うことが、彼にとってどれほどの負担になるかしれないのに……。


 フランスは、ためらいながら聞いた。


「ともだちに、なってくださるんですか?」


 イギリスがうなずく。

 彼はうなずいたあと、急いでつけたすように言った。


「ともだちなら、変じゃないだろう。こうやって話すのは」


 フランスがうなずくと、イギリスがほっとした様子になった。

 さらに、イギリスが急いでつけたすように言う。


「ともだちになったから、もう怒ってないよな?」


 フランスは思わず笑った。


 ともだちになったからって、怒るのをやめるわけじゃないけれど。


 フランスは、笑顔で言った。


「怒ってないです」


「そうか」


 あらためて、ともだちになったと思うと何を話していいか分からない。

 別に今までと、何も変わらないけれど。


 そう思って、フランスがだまっていると、イギリスがみるみる不安な様子になって言った。


「やっぱり、まだ怒っているのか」


「べつに、怒ってません」


 怒ってないけど……。


 イライラしたり、怒ったり、悲しくなったり、笑ったり、今までこんなに感情が色んな方向にあっちこっち彷徨うみたいなことはなかった。


 なんだか、すっごく疲れちゃった。


 フランスが感情の起伏につかれて無表情に言ったからか、イギリスはあやしむような顔をして言った。


「きみも、普通に話せばいいだろ」


 ん?


「普通に?」


「ああ、たまに、してるじゃないか」


「普通にって、まさか、こういう感じで話していいってこと?」


 イギリスがうなずく。


 本気?


 フランスは、疑うようにななめ気味の視線でイギリスを見た。

 イギリスが、なんてことない顔で言う。


「ともだちなら、普通だろ?」


 まあ、そっか……。


 そっかな?

 帝国の皇帝と、普通に?


 ふと気になる。


「ともだちで、普通に話して、呼ぶときは『陛下』って呼ぶの?」


「名前で呼べばいいだろ」


 皇帝の名前を⁉

 それって、面白いわ。


 フランスは、ちょっとワクワクして言った。


「イギリス」


 イギリスもそれを聞いて、返してくる。


「フランス」


 ふうん。

 面白い。


 フランスは、楽しくなって言った。


「慣れちゃったら、人前でごまかすのが大変そうね」


「人前でも、普段通りにすればいい」


「いいの?」


「ああ」


「ふうん」


 さっきまで妙につらかった気持ちが、今はすっかり軽かった。


 今なら『奴隷だから……』と思う自分に、ばかばかしい考えだと言ってあげられる。


 人の気持ちって不思議だわ。


 にしても、皇帝が他国の人間と『ともだち』になるなんて。


 フランスは、自分から先に『ともだちになろう』と言ったことは棚に上げ、にっこり笑って言った。


「あなたって、変な人ね」


 イギリスも笑って返してくる。


「きみも、変だろ」


「そうかも。イギリスの変人」


「フランスの変人」



 ふたりで笑う。




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