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第140話 笑ってはいけない舞踏会

 フランスの目の前で、イギリスがやたらと優し気な表情を顔にはりつけて、言う。


「わたしの先生なのですから、どうぞそのままで」


 あー、そう。

 そう来るの?


 主の愛を教える……先生ってこと?


 よくよく見ると、イギリスの表情は不自然に優しい顔で固定されている。


 絶対に、笑うの我慢してるでしょ……。


 いいわ、見てなさいよ。

 やってやるわよ。

 とんでもない先生を。


 フランスも、にっこりと笑顔を顔にはりつけて言った。


「まあ、そういうわけには、いきませんわ。あなたにとっては先生でも、教国において、わたくしは、ただの聖女、なのですから」


 ただの聖女、のところをいやみったらしく大きめの声で言う。目の前に、ただの聖女扱いをしている領主と奥方がいるので、ついでにあてこすっておく。


 イギリスが、悲し気なため息を、わざとらしくついて言った。


「先生。今日だけは、わたしのパートナーでいてくださる、約束ではありませんか」


「まあ、そうでしたわね」


 イギリスが領主に向き直って、今度は冷たい顔で言う。


「まさか、文句はないだろうな。彼女は、わたしの大切な先生だ」


 久しぶりに見た、とんでもなく尊大な雰囲気で、イギリスがつづける。


「わたしは、自分の気に入っているものを軽く扱われるのは嫌いだ」


 領主があわてて言う。


「失礼いたしました。聖女フランス様も、どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください」


 おお。

 いつもふんぞり返っている領主が!


 すごい。


 奥方が、にっこりと言った。


「それにしても、驚きましたわ。聖女フランス様のもとで過ごされているとは伺っておりましたが、先生と呼ぶほどだなんて」


 イギリスが、よどみなく答える。


「ええ、素晴らしい先生です。聖書を読むその声も、讃美歌を歌うその声も、すべてこの世のものとは思えないほどです」


 フランスは笑いそうになって、ぎゅっと腹に力をこめた。


 よくも、讃美歌のことを話題に出してくれたわね。


 フランスもにっこりとして言う。


「陛下の讃美歌も素晴らしいですわ。今、ここで皆さんにお聞かせしたいほどです」


 イギリスがちょっと身動きするふりをして、ひじでフランスを小突いた。


 ドレスで隠れているので、フランスはこっそりイギリスの足をけりつけてやった。


 ふたりでにっこりと目を合わせる。

 イギリスの顔は口元だけ笑顔をつくっているが、目はこちらを睨んでいるようだった。フランスも多分、同じような顔をしている。


 その後は、めまぐるしかった。


 次々に貴族たちが挨拶にやってくる。

 フランスの、わがまま悪女を見せつけるどころではなかった。


 次々に交わされる挨拶に乾杯。また、乾杯。グラスをかえて、また乾杯。


 フランスがグラスにすこし口をつけると、アミアンがさっと近寄って、水のグラスと入れ替えてくれる。グラスが変わるたびに。アミアンは、軽々とフランスのグラスのお酒を飲み干していった。


 これのおかげで、わたしの社交界生活は保たれているわよね。


 じゃなきゃ今ごろ酔っぱらって、挨拶どころじゃなくなっているわ。


 ダラム卿のもとにも、たくさんの人が押しかけているようだった。どちらも身動きもできない状態だ。


 アミアンだけ、うまいことさっと移動している。


 さすがだわ。


 フランスは、アミアンのすばやい動きに感心しながら、次々にやってくる貴族たちに笑顔を向けて挨拶を返した。


 やれやれ。

 せっかく美味しいものも、少しは食べられると思ったのにな。


 フランスは会場のはしのほうに用意されている、高級なお菓子やら、軽食のほうに目をやった。


 いいな。


 イギリスが、フランスの表情をうかがうような仕草をして、わざとらしく大きめの声で言った。


「先生、お疲れになったのですか?」


 ほう。

 ここは、正直に。


「お腹がすきました」


 イギリスが、普段ぜったいにしなさそうな喋り方をする。


「おろかなわたしをお叱りください。先生がお腹を空かせるまで、気づかないなんて」


 大げさな言い方に、思わず笑いそうになるのをこらえたら、にらみつけるみたいな表情になってしまったが、フランスはそのまま言った。


「今すぐ、食べられないと、悪魔に支配されて、爆発してしまうかもしれません。わたしの心が」


 イギリスが長めの息を吐いた。


 耐えてるわね。

 爆発、よ。


 イギリスは、なんとか耐えきったのか、笑顔で言った。


「今すぐ、取ってまいります」


 イギリスは、さっそうと会場のはしに向かって歩いて行った。


 うそでしょ。


 さすがに、誰かに取りに行かせるとか、一緒に行くとかだと思っていたのに、ひとりで行ってしまった。


 フランスもぽかんとしたが、まわりも皆ぽかんとしている。


 あ、だめだめ。

 ぽかんとしちゃだめよ。


 当たり前みたいな顔しなくちゃ。


 フランスはつん、とあごをあげて、イギリスの尊大な態度を真似して待った。


 イギリスはすぐに戻って来た。

 手に持った皿に、これでもかと菓子と軽食が乗っていた。


 どう考えても下手くそな盛り方で、山のように盛られている。


 ぜったいわざとでしょ。

 盛り過ぎよ。


 誰が!

 舞踏会でそんなに食べるのよ!


 しかも、自分で取ったことなんてないんじゃないの?

 下手過ぎでしょ。


 フランスは笑いそうになって、唇をかんだ。


 イギリスが、大まじめの顔で言う。


「先生、どれがお好みですか」


 フランスはしっかりと皿の中身を把握した。


 生のフルーツがある!

 これは貴重‼


 フランスは「これ」と言って、フルーツが乗った焼き菓子を指した。


 イギリスがそれを取って、ヌガーを食べさせようとしたときみたいに、フランスの口もとに持って来る。



 ……。



 本気?



 フランスがイギリスの顔を見ると、笑顔だったが、目はなんだか耐えるような感じの目をしている。


 すっごく嫌そうなのに、なんで、するのよ。


 フランスも笑顔を作って口をあけたが、顔がひきつっているかもしれない。


 なんとか耐える。


 とんでもない人数の目に晒されながら、このバカみたいな茶番を全力でやりきる。


 耐えるのよ。

 これも、陛下が聖女フランスにとんでもなく入れ込んでいると印象付けるためよ。


 フランスは、満足するまでイギリスに軽食と菓子を食べさせてもらった。



 しっかり美味しかった。





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