第14話 魔王、しなしなのしおしおになる
フランスはイギリスと、向かい合って座っていた。
またしても、夜明けすぐのイギリスの部屋で、応接用の椅子に座り、対峙している。
部屋に、沈黙があった。
昨日と同様、夜明けに、フランスは魔王イギリスの姿で目を覚まし、聖女フランスの姿をしたイギリスが、部屋に戻ってきた。
だが、今日はずいぶんと様子が違う。
どうしたのかしら。
えらく、大人しいのね。
フランスは、心の内で首をかしげた。
イギリスは、どこかぼんやりとして、元気がなく見える。昨日の、不機嫌な態度はなりをひそめ、黙ってじっとしている。
フランスは、すこしためらったのち、先に言った。
「また、入れかわってしまいましたね」
「ああ」
イギリスが、顔をあげてこちらを見るが、声にも目にも力がない。
あら、本当に元気がないのね。
「陛下、もしや、おかげんがよろしくないのですか?」
イギリスは答えない。
なんとなく、顔が赤い気もする。
もしや。
「陛下、失礼いたします」
フランスは、自分の身体に近寄って、額や首筋に手をあててみた。
ちょっと、熱いかしら。
「熱があるようですね」
なんだか、変なかんじ。
熱があるのは、自分の身体なのに、しんどいのは魔王イギリスだなんて。
しかし、そこまで熱は高くなさそうだが、イギリスはぐったりしている。
「とりあえず、横になりましょう」
フランスは、イギリスに向かって手をさしだす。たよりなげに小さく見えるイギリスの手が、素直にのせられた。
こうして手をとってみると、やっぱり男の手は大きくて、女の手は小さいわね。思いっきりにぎったら、つぶれてしまいそう。
手も、やっぱり、ちょっと熱いわ。
小さな手は、しっかりと熱っぽい。
フランスは、イギリスの手をささえて、ベッドに連れてゆく。
どうも、自分の身体を上から見下ろしてエスコートするのは、謎の感覚がある。フランスは、自分のつむじを見下ろした。まだ禿げても、薄くもなっていなかった。
良かった。
イギリスをベッドに寝かせる。
フランスは、部屋に用意されている水で、布をしめらせ、イギリスの額にのせた。
「入れかわりについて、話すにしても、この状態では難しいですね」
フランスがそう言うと、イギリスは何も言い返さず、しんどそうに目を閉じた。
え。
そんなに?
ちょっと、こわくなるじゃない。
そんなに、しおしおにぐったりするほどの発熱なの?
フランスは、もう一度、イギリスの額や首筋に手をあててみる。
うーん。
そんなに、高くなさそうだけど……。
ちょっと、入れかわってもとに戻るのが怖くなってきた。
聖女の癒しの力は自分自身には使えないし、絶望的だわ。いっそ、しばらく、入れかわらずこのままならいいのに。この身体、意外と快適だし。
あ、もしかして、入れかわったら、魔王イギリスの身体で、聖女の癒しの力が使えたりするのかしら。
フランスは、ためしてみた。
全然、だめだった。
まあ、なんとなく、そうかなって思っていたわ。
話す気力もなさそうなイギリスになりかわって、フランスはてきぱきと動いた。
朝の支度のために部屋に来た使用人を追い返す。追い返しついでに、アミアンへ『聖女は昼過ぎまで所用で不在にする』と、ことづけをたくす。昼まで戻らなければ、心配を通り越して怒るに違いない。それから、熱さましの薬湯も用意させた。
イギリスの額の布を濡らしては取り替えて、様子を見る。
薬湯を飲ませたいところだが、イギリスはすやすやと眠っていた。
「わたしって、寝ている時、こんな顔してるのね。ちょっと、間抜けだわ」
フランスは、ベッドの横に椅子を持ってきて座り、ぼーっと窓の向こうを見た。
もうすっかり日が昇って、お昼前だ。
あ~、なんだか、久しぶりね、こんなに手持無沙汰の時間。
フランスは、とりあえず肉体の不安は放っておいて、このぼーっとした時間を楽しんだ。
何度かイギリスの額の布を取り替えると、遠くから正午の鐘が聞こえてきた。また一瞬、眩暈のように、目の前の景色があやしく溶ける。
はっとして、目を瞬かせる。
目の前に、装飾画の施された立派な天井がある。
となりに目をやると、こちらを見ているイギリスと目が合った。
ふうん、昨日も正午の鐘で戻ったわよね、確か。
フランスはベッドから起き上がった。
意外にも、イギリスがその背をそっとささえる。
「ありがとうございます」
フランスが礼を言うと、イギリスが、怪訝な顔で言った。
「まさか、起きるつもりか」
「え」
そういえば、あんなにぐったりしていたけど。
……。
いや、そんなにしんどくないわね。
確かに熱っぽさはあるが、こんなものは日常茶飯事で、休みもせずに働ける程度のものだった。
「起きます」
「やめておけ」
「いえ、本当に大丈夫です」
「大丈夫ではない」
大丈夫だってば。
おおげさね。
え、このくらいで、あんなにしなしなになってたの?
フランスは、ははあ、と記憶をたどって納得した。
ちょっとでも熱が出ると大げさにする男もいるって噂を聞いたことがあるわ。
本当だったのね。
はじめて、見たわ。
「本当に、大丈夫ですから。念のため熱さましの薬湯は飲んでおきますね」
フランスがベッドから出ようとすると、手をさしだされる。
支えてもらわなくても、大丈夫だけれど。
無視するのもわるくて、フランスはその手をとった。
立ち上がって、見上げると、思いのほかしっかりと心配そうな顔のイギリスと目が合う。
「まだ、寝ていたほうがいい」
昨日も目の前で倒れたから、余計に心配なのかしら。
いい人、いや、いい魔王、なのかな。
国同士のもめごとに発展しかねないから、気をつかっているだけかもしれない。
イギリスは、そのままフランスの手をささえて、応接用の椅子に座らせ、かいがいしく熱さましの薬湯を手渡しさえした。
フランスは熱さましの薬湯を、勢いよく一気飲みした。
テーブルに薬湯皿を置いて、立ち上がり言う。
「一度、部屋にもどります。侍女が心配しますので」
なぜか、イギリスが、こわいものでも見るような目でこちらを見ていた。
なによ。
働く女は、強いんだからね。
*
フランスは部屋に戻ると、すぐにベッドに横になった。
「べつに、動けるくらいだけど……、しんどいものは、しんどいわね……」
にしても、あんなにしなしなになるほどじゃないわよ。
一体、どういうことなのかしら。
フランスは、次に目を覚ました時には、入れかわったりしていませんように、と祈りながら、目を閉じた。




