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第139話 美しの森の姫君

 フランスは馬車の中で、自分の手をにぎにぎしながら言った。


「ちょっと、緊張してきたかもしれない」


 ダラム卿が向かい側の席で笑って言う。


「大丈夫ですよ。もう、面倒になったら、すべて陛下に任せてしまえば大丈夫です」


「……」


 イギリスはフランスのとなりで黙っていた。


 アミアンが笑って言う。


「普段通りにしていたら、大丈夫な気もしてきました」


 フランスは、弱気な声で言った。


「普段通りってなに? わたし、普段どうしてたっけ?」


「帝国の皇帝に失礼を働く、失礼女だろ」


 鼻で笑いながらそう言ったイギリスの腕を、容赦なくたたいて睨みつける。

 イギリスがたたかれた腕を大げさに抑えて、睨み返してきた。


 アミアンが笑いながら言った。


「そういう感じです」


 フランスは心を落ち着けようと、大きく息を吸って、とりあえず、今はアミアンの美しいドレス姿を堪能しておくことにした。


 ほんとに、綺麗ね。


 フランスは、今日何度目か分からないが、何度目かのうっとりした気持ちで言った。


「ダラム卿のドレスを選ぶ才能がすごすぎます。ほんと、うっとりしちゃう。アミアン、とってもきれい」


 ダラム卿も上機嫌で言う。


「今回ばかりは、わたしも自分のことを存分に褒めてやりたい気持ちです。こんな美しさを隠していたなんて。アミアン、あなた本当は美しい森にすむニンフなんかじゃないですよね?」


 アミアンが恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑う。


 フランスは、ダラム卿の言葉に大きくうなずいて言った。


「本当に、そんな風に見えるわ」


 妖精の国の女王様。

 アミアンの母親の姿を思い出した。


 ほんと、うっとりしちゃう。


 アミアンが笑顔で言う。


「お嬢様と陛下も、とっても素敵です」


 フランスは笑って両手をひろげ言った。


「まさに……って感じよね」


「はい、まさに……」


「魔王と悪女」


「魔王と悪女」


 フランスとアミアンの声がかぶって、ふたりで笑う。


 アミアンがわくわくした声で言った。


「しかも大遅刻中です! きっと領主様はやきもきしていますよ」


「しょっぱなから、悪いわね」


 ダラム卿が、特に悪いとも思っていなさそうな、ゆったりとした様子で言った。


「主役は遅れて登場するものです」


 イギリスが余裕の表情で言った。


「もう十分、やきもきしただろうな」


「では、行きましょうか」


 ダラム卿がそう言ったのち、外の者に合図すると、馬車が動いた。

 わざわざ、領主の城に着く前に、馬車を停めて時間をつぶしていた。


 城が近づいてくるほど、フランスの気持ちが落ち着いてくる。


 なるように、なれ、よ。


 見てなさいよ。

 大悪女様を見せつけてやるわ。


 馬車が城に入る前に、城の者に招待状を見せると、にわかにまわりの者たちが走り回りはじめた。


 帝国の皇帝が来たんだものね。

 そりゃあ大変よね。


 馬車は城の中に入ってすぐに停められた。


 この先は、歩いて会場まで向かうらしい。


 イギリスはゆったりと、フランスをエスコートして歩く。

 招待状なんかのやりとりは、すべてダラム卿にまかせているようだった。


 舞踏会の会場に着くと、入り口を騎士や使用人たちがしっかりと見張っていた。


 ここまで規模が大きくなると、警備も力が入っているわね。

 ここには何度か来たことがあるけれど、ここまでものものしい警備ははじめてだわ。


 そこかしこに騎士の姿がある。


 ダラム卿がアミアンをエスコートしながら、入り口にいる使用人に招待状を見せる。見せながら、なにごとか使用人に告げているようだった。


 ダラム卿から何かを告げられた使用人は、金色のらっぱをかかげて、会場に向かって大きく音をならした。


 ダラム卿が振り向いて「お先に行きますね! 主役は最後ということで!」と楽しそうな顔をして言った。


 ダラム卿とアミアンが入口に足を踏み入れると、ラッパを鳴らした使用人がよく通る声で、会場に向かって告げた。


「帝国の大領主ダラム閣下、ならびに、美しの森の姫君アミアン様―ッ」


 エーッ!


 フランスは思わず笑った。


 アミアンの説明、なにあれ。

 最高ね。


 どんな身分をでっちあげて招待状を手に入れたのかと思っていたが、まさかの完全にふざけた身分だった。


 いや、でも本当に妖精でもつれてきたのかと思われるかもしれない。

 そのぐらい、今夜のアミアンはきれいだった。


 アミアンもどうやら、ダラム卿のとなりで笑っているようだった。


 イギリスとフランスも、会場の入口に向かう。入口に近づくと、使用人がまたラッパを鳴らして、大きな声で会場に向かって告げた。


「帝国のイギリス皇帝陛下、ならびに、聖女フランス様―ッ」


 もう、ここまで来たら、緊張なんてどっか行ったわ。


 フランスは、悪女らしく、つんと顔を上げて胸を張り、堂々と中へ進んだ。


 煌びやかな会場。


 さすが、力を入れたわね。

 帝国の皇帝陛下が来るんだもの、とびっきりの会場じゃなきゃね。


 中へ進むと、いくつもの視線が、こちらに向けられるのを感じた。フランスがちらりと視線をやると、おそれるようにみな目をふせる。


 いいわね。


 衣装と前評判が相まって、いい感じにおそれられていそうよ。


 人々は遠巻きに、ちらちらとこちらを眺めているようだった。イギリスとフランスのまわりは、まるでおそれられるように道をあけられていた。


 会場の中ほどに、今夜の舞踏会を主宰する領主の姿があった。奥方と二人で並んでいる。


 気合入ってるわね。


 すんごい衣装。

 人のこと言えないけど。


 ダラム卿がアミアンをエスコートして、先に領主に軽く挨拶をしたようだった。すぐにダラム卿がわきによけて、こちらに向かって微笑む。


 イギリスは、ゆっくりと進んだ。


 フランスとイギリスが領主の前にくると、いつもフランスの前ではずいぶんふんぞり返っている領主が、身を低くして言った。


「イギリス皇帝陛下、ようこそお越しくださいました」


 イギリスは、たいして感動した様子もなく、無表情に言う。


「招待に感謝する」


 領主の隣に立つ奥方が、フランスに向かって、にっこりと張り付いたような笑顔を向けて言った。


「聖女フランスも、ようこそおいでくださいました」


「ご招待に、心より感謝申し上げます」


 フランスがそう言って身を低くしようとすると、イギリスに腕を引かれる。


 イギリスが、まるでいつもとは違う優し気な表情で、フランスのご機嫌をうかがうようにして言った。


「どうか私の前で、身を低くなどなさらないでください」


 え。


 イギリスが、その優し気な表情のまま、フランスに向かって、はっきりと言った。


「先生」


 ……え?



 先生?



 はい⁉


 聞いてないわよ‼



 なに、その設定⁉





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