第138話 ふたりの思い出の品
フランスとイギリスは、ひとつの立派な部屋に通された。
ダラム卿とアミアンも、別の部屋に通されたようだった。
すでに、ダラム卿がいくつか、ドレスに似合いそうな品を取り寄せるよう手配をしていたらしく、立派なアクセサリーが目の前に次々と並べられる。
応接用のテーブルには、高級そうなお茶と茶菓子まである。
店の者が準備をすませると、うやうやしく礼をして言った。
「この度は、ダラム様よりご依頼いただきまして、こちらの品をご用意させていただきました。舞踏会にふさわしいものと、日常的に使える品ということでお聞きしております」
ひとしきり、品物について説明を受ける。
それにしても、舞踏会用は分かるけれど……。
日常的につかえる分は、何かしら。
ダラム卿がそこら中の女性にくばるための注文が、まぎれこんだとか?
フランスが首をかしげながら見ていると、説明を終えた店の者が言った。
「お選びになる間、店の者を下がらせることもできますが、いかがいたしましょう」
イギリスが、すぐに答える。
「下がってくれ。ふたりで、ゆっくり選びたい」
「かしこまりました。ご用の際は、そちらのベルを鳴らしてください。すぐに店の者が参ります」
「わかった」
普通は宝石をあつかう店で、店のものが席を外すなんて考えられないけれど、相手はダラム卿と皇帝陛下だものね。
特別な計らいっぽいわ。
フランスはさっそく、並べられたアクセサリーを見た。
舞踏会用は、ぎらぎらね。
イギリスとふたりで、あれやこれや言いながらアクセサリーを選ぶのは、なんだかとっても楽しかった。
フランスは、とんでもなく大きい宝石のついた首飾りを指して言った。
「これは、迫力があります」
イギリスが、そのみっつとなりの、これでもかと金色に光る首飾りを指して言う。
「こっちも、なかなか迫力がある。見るからに、金にものを言わせていそうだ」
「いいですね!」
舞踏会の衣装に合わせるアクセサリーは、案外すぐに決まった。
いかにも迫力があり、他者を威嚇するほど強烈に高額そうなやつ。
いい。
最高ね。
どれもお値段が見えないから、いっそ潔く選べたわ。
フランスは満足して、選んだアクセサリーを見つめた。
売ったら、いくらになるのかしら。
素敵ね!
二人で応接用の長椅子に座ってお茶を飲む。
フランスが小さくて愛らしい茶菓子をもぐもぐしていると、イギリスが言った。
「普段は、なにもつけないのか?」
「何がですか?」
「アクセサリーだ」
「ああ、そうですね……。以前は銀色のロケットをずっとつけていたんですけど、人にあげたんです。そういえば、それ以来、なにも普段つけてないですね」
イギリスが、そっけなく言った。
「つけたらどうだ?」
「え?」
つけたらどうだ?
どういう意味?
あ、もしかして……。
「買ってくださるんです?」
イギリスが頷く。
なんで、そこは黙って、こっちも見ずに頷くのよ。
なんだか、可愛らしい様子に見えた。
へえ、そっか。
買ってくれるんだ!
フランスは嬉しくなって、立ち上がった。日常的に使える品として並べられたアクセサリーのところに行って、ながめてみる。
どれも、舞踏会につけていくようなものではなくて、小ぶりのものだ。美しい宝石をあしらったものもあれば、素敵な銀細工のものもある。
とっても、すてき。
フランスが並べられたアクセサリーを眺めていると、イギリスも隣に来ておなじように眺める。
イギリスが、わざとらしく咳払いしてから言った。
「どういうものが好きなんだ?」
「う~ん、考えたこともありませんでした。自分が好きで、こういったものを買うことってなかったから」
「それなら、今、自分の好きな物を見つければいい」
好きなもの……。
う~ん。
フランスはあれこれ眺めながら、考えてみた。
どんなものを身につけたいかしら。
そうね……。
「あなたのことを、思い出せるようなものがいいです」
イギリスは帝国の皇帝で、フランスは教国の聖女だ。
このややこしい入れ替わりで一時、ともにいる時間はすごせても、きっと、ずっとは、いられない。
そう、たぶん……、長くは一緒に過ごせない。
フランスは、ひとりつぶやくように言った。
「今が、とても楽しいから。あなたが帝国に帰っても、思い出せるように」
フランスは、ひとつずつ美しいアクセサリーを見ていった。
ひとつ、目にとまる。
美しい、赤い石。
フランスが、じっと赤い石を見つめていると、イギリスがそれを手に取った。イギリスの手の上で、赤い石が、きらりと光る。
きれい。
イギリスが、優しい声で言う。
「つけてみるか?」
「ええ」
受け取ろうとすると、イギリスがフランスの手から逃げるようにする。
つけてくれるのかしら。
フランスは、短くなった髪を手でまとめるようにして持ち上げた。
イギリスが、フランスの正面に立ち、そっとフランスの首にネックレスをつける。
首に、ほんのすこし触れるイギリスの手。
ちょっと、くすぐったい。
ずっと、覚えておこう。
男の人に、こんな風にしてネックレスを買ってもらうなんて、これっきりかもしれないし。
目の前にいるひとは……。
フランスは、そっとイギリスの顔を見た。
手元を見つめる彼の目には、立派にふさふさした睫毛がかかっている。通った鼻筋に、すっきりとした頬のかたち。
とっても素敵だわ。
フランスは、目の前にいるイギリスの顔をじっと見つめていた。
ネックレスをつけ終えたイギリスも、じっとフランスの瞳を見つめる。
「きれいだ。似合っている」
そう言って、イギリスが近くに置いてあった鏡をフランスに向けた。
鏡をのぞきこむ。
赤い石が、フランスの胸元で輝いていた。
「あなたの翼の色です」
「わたしの翼の色だ」
ふたりの言葉が重なる。
フランスは笑顔で言った。
「あなたにとっては、呪いかもしれないけれど。わたしには、あなたの翼がとても暖かくて素敵に思えます」
「そうか」
すこしはにかんだ、イギリスの笑顔。




