第135話 かわいい魔王が癒してあげる
フランスが、可愛らしい声に目をやると、ネコがいた。
つやつやネコちゃん。
フランスが座る古い生垣の上、フランスのとなりに、ちょこんと座ってこちらを見上げている。
フランスは、ネコちゃんに声をかけた。
「陛下……、夜のお散歩ですか?」
「にゃあ」
あれ?
これ、陛下よね?
似たような、ただのネコだったりする?
フランスは、こちらを見上げているネコの顔を、両手でなでた。こしょこしょするみたいにして、顔中なでる。
ネコは目をほそめて、首をひねったりする。
そのうち、ごろごろと喉からか鼻からか、満足そうな音がしはじめた。
あ、やっぱ、これ、関係ないネコちゃんだったのね。
フランスは、いつもより高めの猫なで声で言った。
「ただのネコちゃん、陛下とちがってかわいいね」
フランスがそう言ったとたん、ネコが機嫌悪そうにしっぽをびたんとやって、フランスからすこし距離をとった。
え?
と思ったら、その姿がとけるように崩れ、あっという間に男の姿になる。
「陛下じゃないですか」
フランスが文句を言うと、イギリスが不満げな顔で言った。
「陛下とちがってかわいいね?」
「あら、何がご不満なんです? かわいい方向を目指されてたんです?」
イギリスが、いかにも不機嫌です、といった声で言った。
「ネコの姿はかわいかっただろ」
フランスは笑った。
なんで、かわいくなりたがるのよ。
笑いながら言ってやる。
「陛下はかわいいです」
イギリスが満足そうな顔をした。
彼はフランスの隣に座りつつ、むかつく感じで言った。
「何かあったのか? 愛らしいネコの眠りをさまたげるくらい、おしとやかなため息が聞こえた」
相変わらず、腹の立つ言い方ね。
いっそ芸術的だわ。
あら、でもちょうどいいわ。
聞いてもらおう。
「ちょっと、こわいことがあって」
「こわいこと?」
「今度、教国の西側に新しくできた大聖堂ほどの大きさの聖堂に、新たに司教が就任するんです」
「ふうん」
「その式典に、わたしも出ることになったんです」
「ふむ」
あ、でも、これ以上くわしくは言えないわね。
彼って、ただのかわいいネコちゃんじゃなくて、帝国の皇帝だものね。
フランスは、それ以上説明するのをあきらめて言った。
「で、それがこわくて」
イギリスが、ちょっとの間、眉をしかめたあと、鼻で笑ってから言った。
「教国の人間は説明上手だな。ぜんぶ、よく分かったよ。それは、こわいだろうな」
フランスは、じとっとイギリスを睨んだ。
イギリスが、なぜか得意そうな顔をする。
思いっきり、腕をたたいてやる。
イギリスがおどろいた顔で腕をおさえて言った。
「皇帝をなぐるなんて、正気じゃない」
「あなたが、帝国の皇帝だなんて正気じゃない」
「なんだと」
「なによ。あ、お肉ばっかり食べてるから、皮肉が言いたくなっちゃうのかしら。明日から、お昼ごはんは全部魚料理にしてもらいましょうか。ずいぶんお洒落な、今時の会話ができるようになるかも」
「いじわる女」
「いじわる男」
ふたりで、おなじように、ふんと鼻をならして顔をそむける。
イギリスが、顔をそむけたまま言った。
「それで、言えないこわいことで、わたしが力になれることは?」
あら、ちゃんと優しいことも言うのね。
かわいいネコちゃん。
フランスはちょっと考えてから言った。
「陛下がずっと側にいてくださったら、こわくないかもしれませんね。きっと、すごく楽しい……、か、皮肉ばっかり聞いてむかつくか、どっちかで、こわがる暇なんてなさそうです」
「前半だけ聞いておく」
「都合よく聞かなかったことにしないでください」
……。
ん?
あ、でも、まずくない?
フランスは、イギリスのほうを向いて言った。
「もしかして、本当に一緒に来てほしいかもしれません。式典に」
イギリスがいじわるな顔で言う。
「わたしは頼りになるからな」
「はい」
フランスが素直にそう言うと、イギリスが、ちょっと驚いた顔をした。驚いた顔をひっこめたあと、イギリスが得意そうな感じで元気になって言う。
「そうか、わたしのことを頼りにしているんだな」
かわいいわね。
フランスは、にっこりと笑顔をイギリスに向けて言った。
「式典は午前からあります」
「……」
「……」
イギリスが、いつもの無表情に戻って言った。
「まずくないのか?」
「まずい気がしてきました」
フランスは祈るような恰好をして泣きついた。
「陛下ぁ」
今度はイギリスが大げさにため息をついて、あきらめたみたいに言う。
「ふたりの問題だな」
「そう、わたしたち、ふたりの問題ですね」
「今回は、つっぱねないんだな」
フランスは笑って答えた。
「陛下が、甘やかしてくださるので」
イギリスも笑って答える。
「まだ、そこまで甘やかしていない」
「へえ、そうなんですね。じゃあ、陛下の本気の甘やかしはすごそうです」
「気になるか?」
「気になりますね」
すると、イギリスがまたネコの姿になった。
その姿で、フランスの膝の上にのって、くるんとまるまって、寝た。
フランスは思わず笑った。
これは……。
甘やかしじゃないんじゃない?
フランスは、つやつやのネコの身体を思いっきりなでた。膝の上でネコが、くるくる喉をならす。ネコの体温が、ぽかぽかと膝の上にあたたかい。
あ~。
これもしかして、ほんとに甘やかしかも。
癒される~。
フランスは、イギリスをなで散らかしながら猫なで声で言った。
「陛下、かわいい、かわいい、大好き~」
ネコがさらに喉をくるくるやった。




