第134話 姿絵ほしい~♡
フランスは、特別講義を終えて、修道院の中庭にいた。
アミアンとブールジュと三人で、真ん中に置いたお菓子の山を囲むみたいにして、地べたに座り込む。
なかなかに、買ったわね。
ブールジュが買ってきたお菓子が、とんでもない高さの山を作っていた。
帰りの馬車が出るまで、まだすこし間がある。三人で、お菓子を頬張りながら時間をつぶしていた。
ブールジュが適当にお菓子の山をくずしながら言った。
「ねえ、フランス、ちょっと変だよ。なんだって急にそんな、シャラシャラ枢機卿とかのこと、聞きまくってんのよ」
フランスも、お菓子の山に手をつっこみながら言い返した。
「シャルトル枢機卿猊下よ。すっごく優しくて、すっごい美人だったの」
アミアンが笑顔で言う。
「顔ですね!」
そうよ、顔よ!
美男中の美男よ!
滅多に見ることのない若い男の中でも、最高の男よ。
フランスは、ヌガーの箱を見つけて、思いっきり真ん中から容赦なくやぶいた。
ブールジュが、何かわからないお菓子を頬張りながら言う。
「顔の良い男に、ろくなもんはいないわよ。兄貴たちみんな顔はいいし、小遣いはくれるけど、ほんと男としてはクズばっかりだと思うわ」
ブールジュの言葉にアミアンが笑う。
フランスはむきになって言い返した。
「シャルトル猊下は、そんなんじゃないと思う。書庫でも、すっごく優しかったし。さっきの講義に出ていた子たちに、聞きまくったけど。ほんと、すっごい素敵なうわさばっかりなんだから」
ブールジュが鼻にしわをよせて、胡散臭そうな顔をして言った。
「ええ、余計あやしいわよ」
「あやしくないったら! ほら、見てこれ、わたしが集めたシャルトル枢機卿うわさ集よ!」
「うへえ、そんなもんまで作って! 講義全然聞いてなかったでしょ」
「それはお互い様でしょ! ブールジュ、あなたほとんど寝てたじゃない!」
「町歩きで疲れたのよ」
フランスは、唇をつきだして言った。
「いいから、聞いてよお。頑張って集めてきたうわさ」
ブールジュが、全然興味なさそうに返事する。
「ああ、はいはい」
「まず、出身階級は一般市民らしいわ」
「へえ、めずらしいね。一般階級出で枢機卿なんて」
「でしょ! でしょ!」
「うへえ」
フランスが、興奮して楽しそうにすると、ブールジュが余計に顔をしかめて嫌そうにした。舌までつきだして、嫌そうな顔をする。
ひっどい顔ね。
まあ、いいわ。
フランスは、ブールジュの顔にはかまわず続けた。
「でね! どうやら、中央修道院の最高学府を出ているそうなんだけど、これがすごいのよ」
「へえ、すごい、すごい」
「……まだ言ってないわ。ちゃんと聞いて」
「はいはい」
「なんと! 最高学府に所属したしょっぱなから、頭が良すぎて、彼の講義を聞きたいって人がすごく集まったんですって! 学生なのによ‼ すごくない⁉」
ブールジュがうしろにのけぞって、ばからしい、みたいな声を出す。
「それ、ほんとなの~?」
「ほんとなんだって! それから後ろ盾もないのに、大きな教会の司教に抜擢されて、なんと史上最年少で大司教!」
「へえ」
「それから、それから! 史上最年少で、教皇様のおぼえもめでたく、枢機卿‼」
「へえ」
「すごくない⁉ しかも美人‼」
ブールジュが、フランスの手元のヌガーを奪い取るようにして言った。
「媚び売って、のぼりつめたんじゃないの?」
「ブールジュ。怒るわよ」
「あ~、もう、分かった、分かった。大好きになったのね、そのシャカシャカ枢機卿を」
「シャルトル枢機卿だったら。そうよ。わたしもう、ほんと、大好きになっちゃった」
ブールジュが口にヌガーを一気に三個も放り込みながら、言った。
「枢機卿になってて、そんな美人なら、姿絵とか売ってんじゃない?」
フランスは、それは思いつきもせず、驚いて息を吸った。
その勢いのまま、立ち上がる。
盛り上がるフランスとブールジュをよそに、しっかりお菓子をめいっぱい食べていたアミアンに向かって、フランスは言った。
「町に行くわ!」
「今からじゃ、馬車が出る時間に送れちゃいますよ」
「走って探して、すぐ戻ってくれば大丈夫よ」
ブールジュが、両頬をヌガーでふくらませたまま横から言った。
「面白そうじゃん。わたしも行く」
アミアンが、笑いながら言った。
「おっと、嫌な予感しかしませんね」
「うるさい、アミアン。わたしは今、なんとしても、あの美男の姿絵を手に入れなければ!」
「なければ?」
「なければ! 別になんともなんないけど! いいでしょ! お守りみたいにするのよ! 癒しよ!」
アミアンが、面白がっていそうな顔で言った。
「偶像崇拝ってやつです!」
ブールジュがそれを聞いて手を叩きながら嬉しそうに言う。
「それって、悪くて最高じゃん」
食べかけのお菓子を袋に詰め込んで、三人で走る。
修道院から飛び出て、町を走り回る。
楽しい。
三人、全力で走り回ったが、結局、姿絵は見つけられないままだった。フランスはへとへとになって、帰りの馬車にのりこんだ。
三人で重なるみたいになって、馬車で眠る。
*
フランスは、思い出してくすくす笑った。
楽しかったな。
女三人で、ばかみたいに笑って。
全力で走り回って。
偶像崇拝したかったのに、結局姿絵は買えなかった。
今でも、ちょっと欲しいわ。
枢機卿時代の聖下の姿絵。
かっこよかったなあ。
いまも、かっこいいけど。
フランスは、膝をかかえて、ぎゅっと頭を膝にくっつけるみたいにした。
あんな風に、ずっと無邪気にいられたらいいのに……。
でも、無邪気な関係では、いられない。フランスとシャルトル教皇の関係が強まるほど、他とは距離を置かなければならなくなる。
シャルトル教皇が目指しているのは、フランスが望む未来でもある。
道を選ぶ。
その自由が、フランス自身には、もう手に入れられなくとも、これから聖女となる者には、あってほしい。
のぞむ未来に進めるのなら——。
歩いてゆこう。
今まで、どことも距離をおいてきたんだから、それがちょっとかたよるだけよ。
そうね。
深く考えすぎないようにしよう。
こわくなっちゃうから。
フランスが大きなためいきをついたとき、となりから可愛い声がした。
「にゃあ」




