表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/180

第133話 聖下との、出会い♡

 フランスはむかつく胸をおさえて、修道院の門の前に立っていた。

 なんとか、馬車の中で吐かずに耐えたが、まだ身体が揺れている感じがする。


 気持ち悪い……。


 ブールジュが、門の内側から走って来て言った。


「ね、講義どうやら時間が遅くからになったらしいわ。どうする? 先に町に出て、お菓子買いに行く?」


 アミアンが、わくわくした声で答えた。


「いいですね!」


 フランスは胸をおさえたまま言った。


「ね、わたし、気持ち悪いから、書庫にでも行って、ちょっとゆっくりしておくわ」


 ブールジュがちょっと心配そうに言う。


「そっか、じゃあ、アミアンも残る?」


「そうですね」


 フランスは、ちょっと背を伸ばして元気よく言った。


「アミアンは、ブールジュと一緒に行ってきてよ! ブールジュをひとりで町中に放つのは、なんだかおそろしいわ」


 ブールジュは何人もいる自分の侍女をぜんぶ、女子修道院においてきた。ぜんぶ事細かに、ブールジュの父親である西方大領主に報告をされるので「クソうっとうしい」らしい。


 最近、ブールジュは、なんにでも「クソ」とつけて言うのにはまっている。

 お嬢様らしからぬ話し方や振る舞いに憧れがあるらしい。


 ブールジュが唇をつきだして言った。


「人のこと猛獣みたいに言わないでよね」


「間違ってないでしょ」


 ブールジュは不満そうな表情をしながらも、すぐにアミアンの腕に、自分の腕をからめて、連れて行く気満々の様子だった。


 ひとりで町中に行くのは、ちょっと不安だったようね。


 アミアンが、フランスに笑顔を向けて言った。


「じゃあ、あとで書庫までお迎えにいきますね」


「うん。なにか、綺麗な飾り絵の本でも見つけて、ゆっくりしてるわ」


「お嬢様、あの大書庫、好きですもんね」


「うん」


 三人でおたがいに手を振りあう。


「じゃあ、またあとでね」


 フランスは、アミアンとブールジュの背中をすこしの間見送ってから、修道院の中へと進んだ。


 ひさしぶりの中央の修道院を、きょろきょろやりながら歩く。


 ひさしぶりね。


 一年に一回の、特別講義の時にだけ、こうして出てくる中央の修道院は、フランスにとっては良い気晴らしだった。


 聖女教育をになう田舎の女子修道院では、ほんのわずかな人たちとの交流しかない。


 ここには、修道士もいる!

 滅多にない若い男を見る機会よ。


 それに大書庫には、立派な本がたっぷりあるわ。

 最高よね。


 馬車酔いさえなけりゃね……。


 田舎の修道院からの道のりは、はっきりいって地獄だった。


 きょろきょろやりながら、角をまがる。

 前を見ていなくて、人とぶつかった。


「わ、ごめんなさい! よそみしてて!」


 フランスは、相手が落とした本を急いで拾った。相手も同じようにしゃがんで本を拾い上げている。


 立ち上がって、本をわたす。


 わ、背が高い。


 フランスは目の前の修道士を見上げた。


 それに不思議な髪の色。

 北方人ね。


 フランスはひろった本を差し出して笑顔で言った。


「はい、これ」


 男は、返事もせず、本を受けとり、ただぺこりと頭を下げて去っていった。


 不愛想な人ね。


 フランスは肩をすくめて、目指す先に向かった。


 大書庫は、修道院の奥にある古い建物だ。

 中に入ると、それなりに人がいた。


 本だらけ。

 素敵ね。


 フランスは、背の高い本棚をながめながら、歩いた。


 なにか、綺麗な飾り絵がいっぱいのやつがいいわ。

 うーん、どれかしら。


 あ、ここらへんのとか、いいんじゃない。


 フランスは、それっぽそうな本をいくつか、ひらいてみた。


 うん、いまいち。

 あ、あれ、綺麗な背表紙ね。


 フランスは高い場所にある、美しい背表紙の本に手をのばした。背伸びをして、なんとかつかもうとする。


 もうちょっと。


 指の先は届いている。


 うーん腹の立つ!

 あともうちょっとなのに!



 その時、ふわっと、花の香りがした。



 その香りに気を取られていると、フランスが取ろうとしていた本が、美しい指につかまれて、引き出される。


 あら。


 フランスは、となりに立つ、本を引き出した若い男を見た。


 うわあ、すっごく綺麗。

 こんな綺麗なひと、はじめて見た。


 綺麗な男は、にっこりと微笑んで、取った本をフランスに差し出した。


「どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


「ずいぶん、難しい本を読まれるんですね」


「えっ」


 フランスは急いで本をひらいた。


 小さい文字がびっしり。

 綺麗なのは背表紙だけで、飾り絵のひとつもない本だった。


 なんだ、はずれね。


 となりに立つ綺麗な男が、くすくす笑いながら言った。


「思っていたのとは、違ったようですね。どんな本を探していたんですか?」


「あの……、綺麗な飾り絵がたくさんある本を見たくて」


 ちょっと恥ずかしい。


 みんな真面目に勉強していそうな人たちばかりなのに……。

 飾り絵を見たいなんて、ちょっと子供じみているかもしれない。


 もう子供じゃないのに。


 綺麗な男が、にっこりと親切そうに微笑んで言う。


「それなら、おすすめがありますよ。こちらです」


 フランスは綺麗な男のうしろについていった。

 三つとなりの書架に案内される。


 男が、本を選んで取り出し、言った。


「こんな感じはいかがですか? あらゆる国の、ふるいおとぎ話を集めたものです」


 本をひらいてみると、すばらしく綺麗な飾り絵つきの本だった。

 文字まで、装飾的に描かれている。


 これは、最高のやつ!


 フランスは嬉しくなって言った。


「こういうのを探していました! ありがとうございます!」


「どういたしまして」


 綺麗な男は、そう言って微笑むと、立ち去った。


 フランスは、どこかでこの素晴らしい本を読もうと、てきとうな席を探したが、なんとなく、さっきの綺麗な男のことを思い出してしまう。


 ほんと、綺麗だったな。


 なんとなく、書庫の入り口に目をやると、さっきの綺麗な男が出ていくところだった。



 なぜか、目が離せない。



 フランスは急いで、本を本棚にもどし、男を追いかけることにした。

 知ったって、どうしようもないけれど、名前だけでも知りたかった。


 急いで書庫を出る。


 右にも左にものびている廊下には、もう誰もいない。


 残念……。

 もう二度と見られないかしら、あの綺麗な顔。


 そのとき、窓の外を、あの綺麗な男が歩いているのを見た。


 いた!


 フランスは走って外に出た。急いで、綺麗な男のあとを追いかける。もうすこしで追いつけそう、というところで、綺麗な男はひとつの扉のまえで、立ち止まった。


 立派な扉。


 いかにも、立派な人しか入ってはいけなさそうな扉だった。


 ちょうど、中から出てきた人が、彼に挨拶をして、笑顔でいくらか言葉をかわした。入れかわるように、綺麗な男は扉のむこうへと消え、言葉を交わしていた男が、フランスのほうに歩いてきた。


 聞くしかない!


 フランスは、歩いてきた男に声をかけた。


「あの! すみません。今、あの部屋に入られた方のお名前を知りたいのですが……。先ほど良くしていただいて、お礼を言いたいのです」


 人の良さそうな男は、不審がりもせず、にこやかに答える。


「ああ、彼は、シャルトル枢機卿ですよ」


「枢機卿? あんなに若くてですか?」


 人の良さそうな男が笑って言う。


「ええ、彼は特別です。聖なる力でもあるんじゃないかと言われているくらい、優秀なんですよ。神に愛された者です」


「へえ」


 フランスは「ありがとうございます」と言って、その場を離れた。


 シャルトル枢機卿……。



 すてき!





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ