第133話 聖下との、出会い♡
フランスはむかつく胸をおさえて、修道院の門の前に立っていた。
なんとか、馬車の中で吐かずに耐えたが、まだ身体が揺れている感じがする。
気持ち悪い……。
ブールジュが、門の内側から走って来て言った。
「ね、講義どうやら時間が遅くからになったらしいわ。どうする? 先に町に出て、お菓子買いに行く?」
アミアンが、わくわくした声で答えた。
「いいですね!」
フランスは胸をおさえたまま言った。
「ね、わたし、気持ち悪いから、書庫にでも行って、ちょっとゆっくりしておくわ」
ブールジュがちょっと心配そうに言う。
「そっか、じゃあ、アミアンも残る?」
「そうですね」
フランスは、ちょっと背を伸ばして元気よく言った。
「アミアンは、ブールジュと一緒に行ってきてよ! ブールジュをひとりで町中に放つのは、なんだかおそろしいわ」
ブールジュは何人もいる自分の侍女をぜんぶ、女子修道院においてきた。ぜんぶ事細かに、ブールジュの父親である西方大領主に報告をされるので「クソうっとうしい」らしい。
最近、ブールジュは、なんにでも「クソ」とつけて言うのにはまっている。
お嬢様らしからぬ話し方や振る舞いに憧れがあるらしい。
ブールジュが唇をつきだして言った。
「人のこと猛獣みたいに言わないでよね」
「間違ってないでしょ」
ブールジュは不満そうな表情をしながらも、すぐにアミアンの腕に、自分の腕をからめて、連れて行く気満々の様子だった。
ひとりで町中に行くのは、ちょっと不安だったようね。
アミアンが、フランスに笑顔を向けて言った。
「じゃあ、あとで書庫までお迎えにいきますね」
「うん。なにか、綺麗な飾り絵の本でも見つけて、ゆっくりしてるわ」
「お嬢様、あの大書庫、好きですもんね」
「うん」
三人でおたがいに手を振りあう。
「じゃあ、またあとでね」
フランスは、アミアンとブールジュの背中をすこしの間見送ってから、修道院の中へと進んだ。
ひさしぶりの中央の修道院を、きょろきょろやりながら歩く。
ひさしぶりね。
一年に一回の、特別講義の時にだけ、こうして出てくる中央の修道院は、フランスにとっては良い気晴らしだった。
聖女教育をになう田舎の女子修道院では、ほんのわずかな人たちとの交流しかない。
ここには、修道士もいる!
滅多にない若い男を見る機会よ。
それに大書庫には、立派な本がたっぷりあるわ。
最高よね。
馬車酔いさえなけりゃね……。
田舎の修道院からの道のりは、はっきりいって地獄だった。
きょろきょろやりながら、角をまがる。
前を見ていなくて、人とぶつかった。
「わ、ごめんなさい! よそみしてて!」
フランスは、相手が落とした本を急いで拾った。相手も同じようにしゃがんで本を拾い上げている。
立ち上がって、本をわたす。
わ、背が高い。
フランスは目の前の修道士を見上げた。
それに不思議な髪の色。
北方人ね。
フランスはひろった本を差し出して笑顔で言った。
「はい、これ」
男は、返事もせず、本を受けとり、ただぺこりと頭を下げて去っていった。
不愛想な人ね。
フランスは肩をすくめて、目指す先に向かった。
大書庫は、修道院の奥にある古い建物だ。
中に入ると、それなりに人がいた。
本だらけ。
素敵ね。
フランスは、背の高い本棚をながめながら、歩いた。
なにか、綺麗な飾り絵がいっぱいのやつがいいわ。
うーん、どれかしら。
あ、ここらへんのとか、いいんじゃない。
フランスは、それっぽそうな本をいくつか、ひらいてみた。
うん、いまいち。
あ、あれ、綺麗な背表紙ね。
フランスは高い場所にある、美しい背表紙の本に手をのばした。背伸びをして、なんとかつかもうとする。
もうちょっと。
指の先は届いている。
うーん腹の立つ!
あともうちょっとなのに!
その時、ふわっと、花の香りがした。
その香りに気を取られていると、フランスが取ろうとしていた本が、美しい指につかまれて、引き出される。
あら。
フランスは、となりに立つ、本を引き出した若い男を見た。
うわあ、すっごく綺麗。
こんな綺麗なひと、はじめて見た。
綺麗な男は、にっこりと微笑んで、取った本をフランスに差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ずいぶん、難しい本を読まれるんですね」
「えっ」
フランスは急いで本をひらいた。
小さい文字がびっしり。
綺麗なのは背表紙だけで、飾り絵のひとつもない本だった。
なんだ、はずれね。
となりに立つ綺麗な男が、くすくす笑いながら言った。
「思っていたのとは、違ったようですね。どんな本を探していたんですか?」
「あの……、綺麗な飾り絵がたくさんある本を見たくて」
ちょっと恥ずかしい。
みんな真面目に勉強していそうな人たちばかりなのに……。
飾り絵を見たいなんて、ちょっと子供じみているかもしれない。
もう子供じゃないのに。
綺麗な男が、にっこりと親切そうに微笑んで言う。
「それなら、おすすめがありますよ。こちらです」
フランスは綺麗な男のうしろについていった。
三つとなりの書架に案内される。
男が、本を選んで取り出し、言った。
「こんな感じはいかがですか? あらゆる国の、ふるいおとぎ話を集めたものです」
本をひらいてみると、すばらしく綺麗な飾り絵つきの本だった。
文字まで、装飾的に描かれている。
これは、最高のやつ!
フランスは嬉しくなって言った。
「こういうのを探していました! ありがとうございます!」
「どういたしまして」
綺麗な男は、そう言って微笑むと、立ち去った。
フランスは、どこかでこの素晴らしい本を読もうと、てきとうな席を探したが、なんとなく、さっきの綺麗な男のことを思い出してしまう。
ほんと、綺麗だったな。
なんとなく、書庫の入り口に目をやると、さっきの綺麗な男が出ていくところだった。
なぜか、目が離せない。
フランスは急いで、本を本棚にもどし、男を追いかけることにした。
知ったって、どうしようもないけれど、名前だけでも知りたかった。
急いで書庫を出る。
右にも左にものびている廊下には、もう誰もいない。
残念……。
もう二度と見られないかしら、あの綺麗な顔。
そのとき、窓の外を、あの綺麗な男が歩いているのを見た。
いた!
フランスは走って外に出た。急いで、綺麗な男のあとを追いかける。もうすこしで追いつけそう、というところで、綺麗な男はひとつの扉のまえで、立ち止まった。
立派な扉。
いかにも、立派な人しか入ってはいけなさそうな扉だった。
ちょうど、中から出てきた人が、彼に挨拶をして、笑顔でいくらか言葉をかわした。入れかわるように、綺麗な男は扉のむこうへと消え、言葉を交わしていた男が、フランスのほうに歩いてきた。
聞くしかない!
フランスは、歩いてきた男に声をかけた。
「あの! すみません。今、あの部屋に入られた方のお名前を知りたいのですが……。先ほど良くしていただいて、お礼を言いたいのです」
人の良さそうな男は、不審がりもせず、にこやかに答える。
「ああ、彼は、シャルトル枢機卿ですよ」
「枢機卿? あんなに若くてですか?」
人の良さそうな男が笑って言う。
「ええ、彼は特別です。聖なる力でもあるんじゃないかと言われているくらい、優秀なんですよ。神に愛された者です」
「へえ」
フランスは「ありがとうございます」と言って、その場を離れた。
シャルトル枢機卿……。
すてき!




