第130話 強引な聖下も、ステキ♡
フランスは、じっとシャルトルブルーの瞳を見つめ返した。光栄です、と言うべきところだが、あまりのことに何も言えなかった。
シャルトル教皇が、笑顔で言う。
「実は、もうひとつ。ブールジュ聖女が司教の座に就任する際に、あらたに助祭も任命する予定なのですが」
「まさか」
「ええ、女助祭です」
「急な……ことですね……」
「急ではないのですよ。教皇になる前から、計画していたことです」
「それは……」
フランスは、なぜ、と言おうとして、とっさに口を閉じた。
教皇になる前から?
ということは、これは聖下の特別な思いのある計画なのね。
あまり、深入りするのは危険だわ。
シャルトル教皇が、にっこりと微笑んで言う。
「なぜ、わたしが女に権威を与えたがるのか、不思議ですか?」
フランスは慎重に、微笑んで答えた。
「……いいえ。この国を良くするためになされることです。わたくしが、聖下のお決めになったことを不思議に思うことなどございません」
シャルトル教皇が、笑顔を深める。
フランスがすこし身体を離すようにすると、シャルトル教皇がフランスの手をとった。離れられないように、彼の近くに手を引かれる。
「言ったでしょう。わたしは、あなたのことが欲しいのです。逃がしませんよ」
こわい!
でも、いい!
フランスが何も答えずにいると、シャルトル教皇は、愛らしく首をかしげてお願いするようにして言った。
「わたしの思いと計画を、聞いてくださるでしょう?」
聞きまーーー
いや、ちょっと待って。
この感じだと、どうせ断れないことは間違いないわ。
これは、教皇派につけという命令よ。
フランスがどうあがいたところで、何の後ろ盾もない者が、教皇の命令を無視することなんてできない。この教国で、後ろ盾もなく教皇に睨まれでもしたら……。
生きてゆくことさえ難しい。
どうせ、巻き込まれるなら!
もうちょっと、聖下の欲しがりさんな状態を堪能したい!
フランスはちょっと怖れるようなそぶりをして言った。
「おゆるしください聖下。わたくしなどに、聖下の思いを話されるなど、必要のないことです。ただ、お使いください」
「いいえ、それでは、あなたはわたしのものになっては下さらないでしょう?」
「わたくしは、すでに教国と聖下にすべてを捧げております」
「そうですか? では、今以上に捧げてください」
興奮してきちゃった。
こんなに欲しがられることある?
主よ、感謝いたします。
「聖下、わたくしには何の力もございません。後ろ盾も、権力も、財産もなにも」
「それは大したことではありません。わたしも同じだ。後ろ盾もなく、ここまできた」
「わたくしは、聖下ほどに強くはありません」
「わたしが強いと? 本当にそう思いますか?」
一瞬、シャルトル教皇の表情が苦しそうに見える。
「あなたに助けて欲しいのです。フランス。どうか、わたしと、ともに歩んでくださいませんか。わたしは、どうしても、この国を変えたいのです」
フランスは、思わず気になったことを聞いた。
「女が権威を持つ国にですか?」
「あなたは、おかしいと思ったことはありませんか? 聖女は、聖なる力が顕現してしまえば、その運命から逃れることはできない。すべてを主と教国にささげる存在、それが聖女です」
まさか、聖下がそのことについて、疑問を持っていようなどとは考えもしなかった。
教皇こそ、最も聖女の力をこの国のために使う立場の存在なのに。
なぜ、聖女の立場に寄り添われるのかしら。
シャルトル教皇が、冷たい声でつづけた。
「聖なる存在とうたわれながら、まるで奴隷のような存在だ」
「……」
「今は、司教と同等の権威を持っていますが、少し前までは、そんな権威もなかった。ただ、教国に都合よく使われる女。それが聖女でした」
「聖下が、聖女に司教と同等の権威をお与えになったのも、理想の国に近づけるためだったのですね」
「ええ。ブールジュ聖女、彼女のおかげで、随分とことは楽に進みました。西方大領主と西方大司教が、賛成してくれましたからね」
「今の、わたくしに出来ることなら、聖下のために何でもいたします」
フランスの言葉に、シャルトル教皇が微笑みを消して言った。
「だから、これ以上は聞かせてくれるな。まるで、そう聞こえますね」
「……」
「そうしてあげたいところですが」
シャルトルブルーの瞳が、強い力でフランスの瞳をのぞきこんでいる。彼の手ににぎられているフランスの手が、すこし痛いほどに握り締められる。
「言ったでしょう。あなたが欲しい。わたしは、自分が欲しいと思ったものは、必ず手に入れたいたちなのですよ」
おそろしいわ。
「教皇らしからぬ性格でしょう? 国も、人も、気に入ったものは手に入れないと気がすまないんです」
これ以上拒み続ければ、ひどいことになるかもしれない。
フランスはそう思って、聖下のもとにつきますと、言おうとした。
「わたくしは……」
シャルトル教皇が、さえぎって言う。
「ああ、悩む必要はありません。あなたは今から聞かされるわたしの話を、ただ聞いて、わたしにすべてを捧げると約束してくださればいい。ただそれだけです」
「それは……」
それは、もしや、本当に聞いてはいけない、おそろしい秘密のような気がした。聞けば、引き返すことはできない。
聞いたあとで、やっぱり嫌ですとか言ったら、殺されるやつよね?
フランスは、シャルトル教皇の瞳をうかがうように見つめ返した。
シャルトル教皇が、フランスの表情を見て、にっこりと優しく微笑んで言った。
「あなたが恐れているように、もし、話を聞いた後に、わたしを裏切るならば、わたしはあなたのことを殺さなければならなくなります。そうは、させないでくださいね」
やっぱり?
とんでもなくおそろしいのに、フランスは美しいシャルトルブルーから目が離せなかった。
あぶない魅力。
かっこいい。
強引な聖下も、好き。
フランスは、もういっそ、うっとりした気持ちで言った。
「聖下と思いをともにさせてください」
シャルトル教皇が、優しく微笑む。おそろしいことなど、何一つ言わなさそうな顔で。
これで、聖女フランスは完全に教皇側の者になる。
これまで、いずれの権力者にも近づきすぎないようにしていた。
敬愛する聖下のもとにつけることは、喜ばしいことだわ。
他の勢力に取り込まれるよりかは。
でも——。
今は、シャルトル教皇と西側の関係が良好だからいいけれど、関係性が変われば、ブールジュと対立する立場になることもある。
これだから、嫌なのよ。
権力に近づきすぎるのは。
シャルトル教皇が、手を握っているのとは反対の手で、そっと、フランスのほほに触れてから、額にキスをした。彼は、フランスの瞳をじっと見つめて言う。
「これから話すことは、わたしの出生に関わる秘密です。あなたは、わたしがどのような生まれかご存知ですか?」
知っているわ。
聖下の生まれも、フランスにとっては憧れの要因のひとつだ。
フランスと同じく、後ろ盾を持たない者。
「貴族ではなく、一般市民階級の出で、幼いころから修道院でお過ごしのはずです」
「ええ、そうです。靴職人をしている夫婦が、わたしを修道院に入れてくれたのです」
その言い方は……。
「実の親ではないのですか」
シャルトル教皇がうなずいて言う。
「わたしの記憶には父親の姿はありません。母親のことは覚えています。どういう人であったのかも……」
「……」
「わたしの母親は」
フランスは、なんだかそわそわとするような、おそろしいような気持ちになった。
聞いてはいけない気がする。
「わたしの母親は、聖女でした」




