第13話 女たらしっぽい特技、持ってます
フランスは、にっこりして言った。
「さすが、ダラム卿がご用意くださった品の数々は、どれも素敵ですわね」
ダラム卿は、わるびれもせず、おや、と楽しそうに微笑んだ。
「ばれてしまいましたか」
「イギリス陛下は、このことはご存じないのではありませんか?」
「はは、ぜんぶ、ばれてしまいました」
やっぱり。
ダラム卿は、こまやかな気遣いのできる紳士として有名だ。彼が手配したのなら、納得がいく。
フランスが見た態度を考えると、イギリスが、街中からかき集めたような花や、女子好みのする飾り箱の菓子まで準備したとは、とうてい想像できなかった。
フランスは、つとめて明るく聞いた。
「どのようなたくらみ事があって、このようなことをなさったのですか?」
「ずいぶん、直球で聞かれるのですね。うわさにたがわず、素敵な方だ」
あんまりくったくなく言うから、なんだかこれは嫌味には聞こえなかった。
「このようにされては、まるで陛下とわたくしが、個人的な関わりのあるものとみなされてしまいますよ」
ダラム卿は、ほがらかな笑顔で答える。
「ええ、そのほうが都合が良いでしょう。これはあくまでも、国同士のもめごとではなく、ただ男女のもめごとだ」
なるほど。
そうやって、うやむやにして収めようというわけね。
「実をいうと、このようにするつもりはなかったのですが、シャルトル聖下がいらっしゃったので、つい、思いついてそう言ってしまいました」
ダラム卿が、いたずらな顔で笑う。
まあ、なんだか食えない感じのする方ね。
気をつけないと。
「勝手をされては、陛下がお怒りになるのではありませんか?」
「このくらい、よいでしょう。わたしの驚きと比べたら……」
「驚き?」
ダラム卿は、いやはや、まったく、と大げさな身振りをした。顔はべつに困ってはいなさそうな、なんならすこし楽しそうな顔で言った。
「陛下の部屋を訪れたら、床にたおれる聖女様に陛下が、手をこう……、のばしているところで」
丁寧に身振り付きで説明される。
まるで、床に転がる相手に、追い打ちをかけるようにも見える仕草だった。
それは、こわいわね。
「わたしは、教国の聖女様に、陛下がいったいどんな無体をされたのかと……」
「心中お察しいたします」
ダラム卿が、リラックスした雰囲気で冗談めかして言う。
「ねえ、ほんとうに。停戦協定が即破棄かと思いましたよ」
そして、はははと笑った。
ははは、じゃないわよ。
ほんとうに、食えない雰囲気の方ね。
「この花と、菓子は、わたしからのお見舞いの品です。調印式と昼餐会でも、まあ、ずいぶんなご様子でしたので」
調印式も昼餐会も、イギリスがとんでもないことを、しでかしたように見えたので、気をやって見舞いの品を用意したのだろう。
フランスは、心の内で謝った。
調印式は……イギリス陛下のせいでは、ありません。
ごめんなさい。
フランスの微妙な表情を、遠慮と取ったのか、ダラム卿は微笑みを深くして言った。
「どうぞお受け取り下さい。陛下からの贈り物だという嘘は、シャルトル聖下のみご存知のこと。黙っていれば誰の口にものりますまい。わたくしの使用人は口がかたいですので、ご心配なく」
なるほど。
シャルトル聖下からすれば、帝国と教国の問題を、男女のことと済ませられたのでは、都合が悪いものね。
そうであれば聖下がこのことを口にすることはない。ダラム卿のさきほどの嘘はなかったことになる。
ダラム卿の、さかしらにも見える要領の良さは、フランスには好ましく見えた。
見習いたいものね。
ダラム卿はそのあと、「元気なお姿を見て安心いたしました」と言って、すぐに出ていった。
アミアンが、扉をしめて、耳をつける。
足音が遠ざかるのを確認しているようだ。
しばらくすると、アミアンはすごい勢いで飛んできて、フランスの両腕をぎゅっと握って言った。
「お嬢様、今日すごくないですか⁉」
「なにがよ!」
「美男につぐ、美男と一緒におられるじゃないですか! わたし、はじめて皇帝陛下も遠くから見ましたよ」
「いつのまに見たのよ」
「昼餐会が終わるころに、お迎えに行ったんですよ」
「見てたの⁉」
「はい」
あまりにもアミアンが普通に言うので、フランスは戸惑った。
「どう見えてたわけ⁉」
「あ~、また何かやらかしてるんだな~って」
「まあ、そうね」
昼餐会から、帝国の皇帝に腕をひっつかまれて、走らされている姿も、アミアンからすると、普段通りかと思うと気が抜けた。
アミアンが、満面の笑みで言った。
「美男で、全員お金持ちです!」
「言われてみればたしかに!」
その要素だけで考えると、良いことのように聞こえる。
そもそも、聖下とあんなに近くでお話する機会を得られただけでも、今日は良い日かもしれない。
アミアンが急に表情を失って言った。
「もう、だめですね」
「なにがよ」
「すべての運を、今日使い果たしましたよ、きっと」
それは、そうかもしれない。
調印式と昼餐会で、すべての運を使い切ったかもしれない。
フランスは、思い出して脱力し、ベッドの上にだらしなく座って言った。
「おなかすいたわ。アミアン、今は美男よりヌガーよ」
アミアンも、ベッドの上に、行儀悪く座って、可愛らしい飾り箱を雑にあけながら言う。
「ダラム様って、まるで魔法使いみたいですね」
フランスも飾り箱をびりっとやぶいてあける。
「え、どこが?」
「お嬢様をかかえてこの部屋に来られたと思ったら、医者を呼ぶのも、聖下への言伝も、あっという間に手配して、しかもこの短時間でこんなに大量の花と、いかにも女子が好きそうなお菓子まで」
「まあ、そりゃあ……」
気遣い紳士として有名だし、彼ならそのくらいは……。
「それに! お嬢様のコルセットを外すのも、とんでもなく早かったんです!」
「ふうん」
フランスは箱のやぶれめから、ヌガーをひとつ無理矢理ひっぱりだして、はっとする。
「えっ⁉ ダラム卿がコルセットはずしてくれたの⁉」
「はい。目にもとまらぬスピードでした」
それは……。
何と言っていいかわからない。
「しかも、お嬢様が倒れた理由が、コルセットってことも、もうお見通しでしたし」
「女たらしなのかな」
「きっとそうですよ」
アミアンがわくわくした顔をする。
フランスはその夜、アミアンと、ダラム卿の女たらしぶりを、勝手にでっちあげては十分に笑ってから、気分よく眠りについた。
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目が覚めると、豪華な装飾画が施された天井がある。
フランスは、まだ慣れない、低い声で言った。
「ああ、またなの……、もう……」
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おまけ 他意はない豆知識
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【ダラムは魔法使い?】
ダラム大聖堂は、イギリスの世界遺産。
映画『ハリー・ポッター』シリーズの中で、ホグワーツ魔法魔術学校として登場することで有名です。




