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第126話 魔王様は、甘えたい

 フランスはイギリスをかかえて、川沿いの木陰に座った。


 イギリスは、もう完全にぐったりしている。


 全部吐ききって、もう何もでるものも、なさそうだった。水をいくらか飲ませたが、それもあまり飲めないらしい。


 たくさん飲んだら、また吐いちゃうかもね。

 口をゆすげただけ、良しとしましょう。


 口もとをきれいに拭いてやって、持ってきたかけ布でくるむようにして温める。


 イギリスは、吐いたせいか、冷えてか、小刻みに震えていた。


 あまりに、かわいそうだわ。

 わたしだって、竜に運ばれるときはつらいもの。


 それが、よりいっそう苦しみをかんじるイギリスなら、とんでもない苦しみだろう。


 イギリスの首筋に、さわやかな香りのする香油をぬって、手をもみこむ。小さな手は冷えて、ぐったりと動かない。


 やっぱり、正午に入れかわるまで、移動するのはやめておいた方が良かったわね。


 ユーフラテスの言葉がよみがえる。


 あまりに大きな苦しみや痛みを感じれば——。

 イギリスの中身が壊れる可能性もある。


 フランスは、イギリスの身体をそうっと引き寄せて、よくあたためようと腕をなでたりした。


 今すぐに、変わってあげられればいいのに。


 いっそ早く正午になって、と願うほど、時間はゆっくりと進むようだった。イギリスはそのままぐったりと回復しないまま、正午になった。


 フランスの目の前があやしく溶ける。


 視界が変わる。


 フランスは目をぱちぱちやった。


 すこし気持ち悪い。


 フランスは、自分の手を見た。小さな、女の手。

 見上げると、イギリスが心配そうな顔でこちらを見ていた。


 フランスは、思わずアミアンにするみたいに、イギリスの頬に手をやって言った。


「陛下、大丈夫ですか? おつらかったでしょう?」


「今はきみがつらいだろう」


「まだすこし気持ち悪いですが、動けないほどじゃありません。陛下は、もう平気ですか?」


「ああ」


「そう、良かったです」


 フランスが、イギリスの頬から手をはなそうとすると、イギリスが頬を押し付けるみたいにした。


 なぜか、すねたみたいな、不機嫌な顔で。


 どういう顔なのそれ。


 フランスは、イギリスのほほを手のひらでむにゅむにゅっとした。


 イギリスが嫌がって離れるかと思ったが、彼は不機嫌な顔で、フランスの手に頬をくっつけたままでいる。


 かわいいわね。


 フランスは、イギリスの頬をむにゅむにゅやりながら、なんとなく言った。


「長時間、しんどいのに耐えて、えらいです。頑張りましたね」


 何か言い返してくるかと思ったが、イギリスはそのまま、謎の不機嫌顔でじっとしていた。


 これは……。


 よっぽど、つらかったのかもね。


 もしかして、怖かったかもしれない。

 わたしならきっと怖いわ。


 吐いて倒れて、あんなに全身が震えるほどの馬車酔いなんて……。


 フランスは考えてぞっとした。


 反対の手も、イギリスのほほにやって、両手でむにゅむにゅする。


 意外ね。

 ほっぺ、やわらかいのね。


 ぷにぷにほっぺ。

 良いほっぺ。


 フランスは、ぷにぷににうっとりしながら言った。


「えらい、えらい」


 さすがに何か言い返すかと思ったが、イギリスはまたしても何も言い返さず、ひたすら仏頂面していた。



 ちょっと……。



 フランスは、思わず言った。


「陛下、その感じは、あまりに可愛いので、額にキスしてしまいたくなります」


 イギリスは、何も言わない。


 言わないまま、仏頂面で、目をつむった。



 していいんだ。



 フランスはイギリスの額にキスをしてから、手をはなした。


 ようやっとイギリスが、ぶすっとした顔のまま口をひらく。


「回復した」


 フランスは思わず笑った。


 なんで、いつも無表情のまま面白いこと言うのよ。


 変なひとね。




     *




 フランスは教会に戻って、酔いがおさまってから、アミアンとふたりで、イギリスの天幕に行った。


 フランスは目の前の光景に、首をかしげた。


「なにあれ」


 アミアンも同じように、首をかしげて言う。


「なにされてるんでしょうか」


 天幕の前で、イギリスが竜の姿で、人に囲まれている。

 ダラム卿も側にいた。


 フランスはダラム卿のそばに言って声をかけた。


「ダラム卿、一体、なにをされているんです?」


「ああ、フランス。竜の背につける鞍を作ろうとしているんですよ。今は陛下の大きさを測っています」


「鞍? 馬につけるような物をつけるつもりなんですか?」


「ええ。フランス、あなたは乗馬では酔わないそうですね」


「ええ……。え、もしかして、わたしが乗る鞍ですか⁉」


「そうです」


「馬にもひとりで乗れないのに⁉」


 ダラム卿が笑顔で言う。


「馬より従順ですよ、きっと」


「そりゃあ……」


 陛下はひとだもの、そうでしょうけれど。

 帝国の皇帝にまたがって乗り物にするの?


 いや、よく考えれば、今までも、馬車を引く馬のごとく、あちこちに荷物も人も運んでくれている。


 おおらかな皇帝よね。


 それに、フランスがうっかり触れても怒ったりしない。

 普通なら、帝国の皇帝陛下の身体に触れるなんて、不敬中の不敬だ。


 フランスは、イギリスのぷにぷにほっぺを思い出した。


 良いぷにぷにだったわ。もう一回さわりたい。


 フランスが、ぷにぷにを思い出してうっとりしていると、アミアンがわくわくした声で言った。


「竜の背中! 乗ってみたいです!」


 フランスは、アミアンが竜の背に勇ましくまたがる様子を想像した。


 かっこいい。

 好き。


「アミアンならすぐ乗れそう」


 イギリスの竜の身体を図り終えると、フランスたちは天幕に入った。


 ダラム卿とアミアンに、ユーフラテスとチグリスのことを話す。


 アミアンが、感心したように言った。


「ほんとに会えちゃったんですね、鶴と亀!」


「まさか、会えるとは思わなかったわ。びっくりよ。コーラ美味しかった」


「わたしも飲んでみたかったです。こーら」


 ダラム卿が、イギリスに向かって言う。


「次は七賢人ですか」


「ああ、調べてくれ」


「かしこまりました」


 フランスはダラム卿とアミアンに、イギリスの今の状態についても話した。


 アミアンが心配そうな顔で言う。


「それで、馬車酔いがあんなにひどかったんですね」


 ダラム卿も納得しつつ、心配そうな様子で言った。


「それで、フランスの身体でいる時に酔わないよう、竜の背に乗ろうというお考えなんですね」


「陛下が、お嬢様の身体にいるときは、より気をつけないとですね」


 イギリス以外全員が、顔を見合わせて頷く。


 イギリスが、また我関せずな顔で、深刻には考えていなさそうな様子をしているので、フランスは腕をこづいてやった。


 あなたの話をしてるのよ。


 そういう顔で睨んでやる。



 なぜか、イギリスがちょっと嬉しそうな顔をした。





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