第125話 すっぱい思い出
フランスは、イギリスに朝食のパンを渡してから、結局使わなかった天幕を片付けた。
赤い竜の姿になって、イギリスの指示にしたがって片付ける。
小さい天幕だと、意外と簡単なつくりなのね。
竜の姿だと、まるでおもちゃを片付けるみたいに簡単だった。片付けた天幕は告解室みたいなものの上にくくりつけておく。細々したものは、告解室の中にぎゅーぎゅーにつめこんだ。
よし、こんなものね。
フランスは赤い竜の姿をほどき、イギリスのもとに行った。
イギリスは、硬くなったパンを一生懸命もぐもぐしている。
かわいい。
まだ、もうちょっとかかりそうね。
フランスは、イギリスのそばを離れてそのあたりを見て回った。
あ!
キイチゴ発見!
かなり高い位置に、キイチゴがたくさんなっている。
フランスは、キイチゴの実に手を伸ばした。
陛下の姿だと背が高いから余裕ね。
ひとつ取って、口にふくんでみる。味はしないが、つぶつぶした触感は楽しめるかもしれない。
すっぱいやつじゃないといいけど。
大粒のやつをみっつ取って、イギリスのもとにもどる。
フランスは、パンを食べ終えたらしいイギリスに、キイチゴを差し出して言った。
「陛下、キイチゴがなっていましたよ。食べてみます?」
イギリスが、何も言わずに口をぱかっとあける。
えっ。
なにそれ。
食べさせろってこと?
自分で食べなさいよ。
めんどうね。
——と思ったが、フランスはひとつぶイギリスの口の中にほうりこんでやった。
イギリスが三回ほどもぐもぐして、顔をぎゅっとした。
あ、すっぱいやつだったのね。
フランスは笑った。
「陛下、こっちは甘いかもしれません」
そう言って、もうひとつぶ、無理矢理押し込んでやる。
またイギリスが顔をぎゅっとした。
「これは、甘いと思います」
フランスが、さらにぐいっと押し付けるように、最後のキイチゴを差し出すと、イギリスが身体をのけぞらせてよけた。
「もういやだ」
「ほら、これは一番の大粒ですよ。きっと美味しいと思います」
イギリスがしぶしぶ口をひらく。
ぽいっとほうりこんでやる。
イギリスはおそるおそる、もぐもぐやった。
どうやら今度のは甘かったらしい。肩の力をぬいて、キイチゴを楽しんでいるようだった。
かわいい。
フランスは、イギリスから視線を外して、すこしむこうにある告解室のようなものを見た。
陛下、耐えられるかしら……。
馬車とは段違いに、気分が悪くなるのに。
竜に運ばれる苦しみが、フランスが感じるよりも大きな苦しみとなって、イギリスに襲い掛かるはずだ。
不安だわ。
あれは、拷問と言ってもいいほどの苦しみよ。
フランスは、イギリスに視線をやって言った。
「陛下、わたしがあの告解室みたいなものを運びますけど……」
イギリスが、むかつく感じで、かぶせるようにして言った。
「落とすなよ」
「落としません」
イギリスが疑うような顔をした。
落とさないったら。
自分の顔だけど、むかつくわね、その顔。
フランスは、ひとつ息を吐いて、気持ちを落ち着けてから言った。
「しんどくて、もう無理だと思ったら、内側から思いっきり叩いてください」
「馬車酔いくらいなら耐えられる」
「たぶん、耐えがたいと思います。ユーフラテスとチグリスが言っていたように、陛下のほうがより苦しみを多く感じるなら……馬車よりもはるかにしんどいと思います。内側から叩いてくださったら、すぐに降りますから」
「わかった」
フランスは、あんまり深刻には考えていなさそうなイギリスの様子を見て、心配になった。
どうも、陛下は自分のことに対して、心を置かないことに慣れすぎているような気がするわ。もう、月のもので苦しみ果てたこと忘れちゃったのかしら。
あれより、ひどいのが、来るわよ。
ああ、心配ね。
ちょっとでも、ひどいようなら、移動は正午を過ぎてからね。
*
フランスは、イギリスに方向と目印を聞いてから、告解室のようなものをしっかりと抱えて飛んだ。
うわ。
これ、けっこう持つの難しいかもしれない。
重くて飛びづらい……。
慣れない重さにふらつきながら飛ぶ。
一回、持ち直そうとして、ひどく揺らしてしまった。
今のは、まずかった気がするわ。
陛下、大丈夫かしら。
いや、絶対に大丈夫じゃないと思うけど。
しばらく飛んでいると、フランスはうっすら不安になってきた。
まわりは森と山と草っぱらばかりだ。
たぶん、合っていると思うけれど……。
全然ちがう方向に進んでいたらどうしよう。
目印って、どの山だっけ。今見えてるやつで正解だっけ?
自信ないわ。
いったん降りて、確認した方がいい気がしてきた。
そのとき。
コツコツ、と音が聞こえた。
ん?
もしかして陛下かしら。
また、コツコツ、と聞こえる。
酔っちゃったのね。
フランスはあたりをキョロキョロやった。すこし先に川がある。川のまわりは草もはえていなくて、おりて休むにはちょうどよさそうだった。
フランスは急いで降り立ち、姿を人にかえて、告解室の扉をひらいた。
中からイギリスがよろめきながら出てくる。
前かがみになって、胸のあたりを抑えながら、ふらふらと……。
イギリスは、幽霊みたいにふらふらっと出てきて、そのまま勢いで数歩進んだ。
そして、倒れるようにかがみこんで——。
吐いた。
わあああ!
かわいそう!
フランスはかけよって、イギリスの背中をなでた。




