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第124話 鶴と亀と、もうひとり

 あなたは、門をくぐったフランスとイギリスの姿を見送り、部屋へともどるユーフラテスとチグリスのうしろについていった。


 ユーフラテスとチグリスは、何も話さず、黙って歩いてゆく。


 ときおり、チグリスが大きな甲羅を揺らして、チラリと後ろを振り向いた。


 神殿を抜けて、扉をくぐり、無機質な廊下を奥へと進む。昨日、フランスとイギリスが進んだ通りの順序で進でいく。


 あなたは、足元にあるガラクタを蹴らないように気をつけながら進んでいった。そこかしこに、Amazonの段ボールやら、緩衝材やら、空き箱みたいなものが放り出してある。


 全体的に、金属くさくて、ほこりっぽい。


 天井の方から、ちいさく空気の流れるような音がする。空調設備だろうか。天井近くに張り巡らせてあるのは、一体何のコードなのか。種類も太さもばらばらだった。


 ユーフラテスとチグリスが部屋に入って行く。

 あなたもうしろに続いた。


 窓のない部屋。


 壁一面に、本やぬいぐるみや人形や、凝った作りのフィギュアなんかも並んでいる。いかにも趣味部屋という感じだ。


 チグリスが、部屋の真ん中にあるソファにどっかりと座りながら言った。


「ユーフラテス~、おれさま、おのど渇いたあ」


「はいはい」


 ユーフラテスが部屋の奥からコーラのペットボトルとグラスを三つ、器用に手にして持って来る。それらをテーブルの上におくと、ユーフラテスはそのままチグリスのとなりに座った。


 あなたは、彼らの正面に座った。昨夜、フランスとイギリスがいちゃついていたソファベッドだ。とってもふかふかしている。


 ソファのはしには、ふかふかの羽毛布団が綺麗にたたまれて置かれていた。


 ユーフラテスの羽毛布団。


 あなたは、折りたたまれている羽毛布団の間に手を入れて、ふかふかやってみた。やわらかくて、あたたかい。


 ユーフラテスは、持ってきた三つのグラスにコーラをそそぎ、それぞれの前に置いた。ユーフラテスとチグリスと、あなたの前に。


 チグリスがグラスを持って言う。


「やれやれ、とんでもないややこしい感じだったな」


 ユーフラテスが、おおきなくちばしをパカッとひらいてグラスの中身を流し込むようして、コーラを一気に飲んでから言った。


「ほんとだね。あれは、なかなか大変そうだよ。きみも、そう思うだろ?」


 ユーフラテスが、あなたに大きな目を向けて、意味ありげな笑顔を浮かべる。それから、自分のグラスに、また、なみなみとコーラをそそいだ。


 チグリスが、にやにや笑いながら言った。


「おい、そいつは、気づいてないんじゃないか? 他人事みたいな顔してるぜ」


 ユーフラテスもくすくす笑う。


「そうかもねえ。うっかり迷いこんでいることにも、気づいていないのかもね」


 ユーフラテスが、手であなたの前にあるグラスを、あなたのほうに向かって押した。


 グラスが、あなたの近くにくる。


 しゅわしゅわと音をたてて、黒い液体がはじけている。透明なうすいガラスでできたグラスの表面には、水滴がつきはじめていた。


 あなたは、そのグラスに触れてみようとして、寸前で手をひっこめた。


 何かが、おかしい。


 ユーフラテスが、気さくな様子で言う。


「ああ、もしかして飲めないかな? 飲むにはちょっとこつがいるからね。飲めそうなら、飲んでね」


 チグリスが、じーっと、あなたのことを見つめている。


 あなたも、じーっと、チグリスの顔を見つめた。


 緑色の亀の顔は、なめらかな形をしている。あなたは、触れてみたらどんな感じがするのか気になった。さらさらしているのか、それとも、しめしめしているのか。気になる。


 チグリスが言った。


「えっち」


「チグリス、初対面のひとになんてこと言うんだい」


「だって、こいつ、今、おれさまのこと触りたいって思ったぞ」


「勝手にひとの中身をのぞいちゃだめだよ」


「そんなこと言ったって、こいつ中身だけじゃん。なんとなく見えっちまうんだから、しょうがないだろ」


 ユーフラテスが、チグリスの顔を押しのけるようにしてから、あなたに向かって言った。


「きみも、フランスちゃんとイギリスと、同じところから来たのかと思っていたけれど、どうやら違うみたいだね」


 チグリスが、うずうずしているような雰囲気で言った。


「なあ、こいつになら言ってもいいだろう?」


「ああ、昨日きみが言いかけていたやつ? いいんじゃない? 本人たちじゃないんだし。どうやら、彼らとおなじ世界の者でもなさそうだ」


 チグリスが嬉しそうな顔をあなたに向けた。


 今から、とんでもない秘密を言っちゃうよ、みたいな感じで、テーブルの上に身を乗り出す。


 チグリスの緑の顔が、あなたにぐっと近づく。さらさらか、しめしめか、どちらか分からない感じの顔が。


 チグリスが言った。


「なあ、あんたは、ちょっとは知ってんだろ? あのふたりについて。フランスちゃんとイギリスのことさ。 昨日、ずっとあいつらの側にいたもんな。あいつらと一緒に戻らなかったってことは、あれだ……、気になってるだろ?」


 チグリスは大げさに両手をふって続けて言った。


「あ、いい、いい。言わなくても、わかってる。気になるよな。絶対に、気になるよな!」


 ユーフラテスが、横から言う。


「チグリス、はやく言いなよ」


「うるさいな。わかったよ」


 チグリスとユーフラテスが、ほとんど同時に言う。


「運命の魔法だよ」


「運命の魔法だね」


 あなたが見つめる先で、チグリスが大げさに、ごめんねみたいな素振りをした。


「これ以上は言えないけどさ。これは、運命の魔法がからんでるぜ。おれさまには、びんびんに見えてる」


「びんびんに見えてる、は意味が分からない表現すぎるよ。きみは、もしかして、運命の魔法がからんでいること、知っていたのかな?」


 ユーフラテスは、そう言って、にこにこと、あなたの表情をうかがっているようだった。


 チグリスも同じように、あなたの表情をうかがったあと、嬉しそうにして言った。


「お、知らなかったって顔してるぜ」


「ほんとだね。でも、いいなあ。ぼくも、フランスちゃんとイギリスの先が気になってきちゃった」


「あとでのぞいてみるか」


「いいね。どこで見れるんだろ。アマプラか、ネトフリかな?」


 ユーフラテスがくちばしをなでながら、上を見上げ、考えるような仕草でそう言ったあと、さてさて、と言って、あなたに顔を向けた。


「きみも、そろそろ戻った方がいいよ。そうやってはっきりとした姿で来ちゃあ、こっちがわに慣れちゃうかもしれない」


 チグリスも存外、親身な声で言う。


「他人事みたいな顔してるけど、気をつけろよ。うっかり取り込まれないようにな」


「まあ、才能だけどね。そこまではっきりとした姿で入り込めるなんて」


「おれさまたちと同じ、見るのも読むのも好きなタイプかもな」


 ユーフラテスが嬉しそうに、ふふふと笑ったあと、あなたに笑顔を向けて言った。


「また会おうね。だれかさん! きみの世界でも会えるかもしれない」


「おれさまたちは、どんな世界ものぞきに行けるからな。もしかして似たようなやつを見つけたら、おれさまたちかも」


 ユーフラテスがくすくす笑いながら言った。


「そんな、簡単に見つかるかなあ」


 ユーフラテスとチグリスが、あなたに手をふる。

 あなたは、手をふり返した。



 そして、あなたは最後の一行を読んだ。



 この一行を。





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