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第123話 鶴と亀と、心配事

 フランスは、ほとんど死体と呼ばれたイギリスの腕をささえながら歩いた。


 ユーフラテスがふわふわの尻をゆらしながら先導して、歩く。

 チグリスが一番後ろを歩いた。


 歩きながら、ユーフラテスが話しはじめる。


「イギリス、君の中身はずいぶんぐったり疲れてしまっているように見えるよ。もとの身体だとそうは見えなかったけれどね。ちょっと直視するのもためらうくらい、ボロボロだね」


 フランスは、昨日話さなかったことについて聞いた。


「彼は、呪いのせいでもう三百年以上生きているんです。それが、関係しているんでしょうか?」


 チグリスが最後尾から、やれやれといった声で言う。


「おいおい、ややこしいのは入れかわりだけじゃなかったのか」


「入れかわるようになったのは、最近のことです。彼が受けた呪いは、それとは別に三百年前に受けたものです。赤い竜の力を受け継ぐような形で、不死の体に……」


 ユーフラテスが振り返りながら言う。


「イギリスは、もとは人なんだよね?」


「ええ」


 え、人よね?


 フランスは答えてからちょっと不安になってイギリスを見た。

 何も言わないので、人だったらしい。


 そうよね。


 あらためて聞かれると、ちょっと一瞬、不安になっちゃった。


 ユーフラテスが、ふむふむとうなずきながら、イギリスに向かって言う。


「なるほど……。望んで手に入れた不死ではない、ということかな?」


「そうだ」


 うしろからチグリスが言う。


「もしかしてイギリスのまわりには、同じような年数生きてるやつはいないのか?」


「いない」


「あ~、そういうことね」


 チグリスの納得するような声に、ユーフラテスがつづいた。


「のぞんで手に入れた長い時間なら、ある程度たえられる。賢者たちみたいに、心を傾けられるものがあれば、より耐えられる。あとは、ともに同じ時間の流れを生きる者がいれば、これは本当に心強いよ。そういう者がいれば、十分に生きてゆくことができる。ようは、やる気とか、心の問題だから。でも、たったひとりで、他の者たちと生きる時間の流れがちがうと……、器が耐えられても、中身がひどく疲れちゃうんだ」


 フランスは、不安になって、ユーフラテスに聞いた。


「中身って、心がですか?」


「そうだね。魂、ともいう。こういうことってない? 自分だけがしてると思うとやたら疲れるけど、みんな同じことしてると思うと、案外頑張れる」


「ありますね」


「それと同じさ。イギリスの心は、本当はひとの寿命で死ぬはずだったと感じてる。なのに、たった一人でずいぶん長生きしたもんだから、疲れ切ってるんだ。孤独ってのは、ひとを殺すほどの力を持っているからね」


 フランスには見えないイギリスの内側の状態が、ユーフラテスとチグリスには見えている。ひどく疲れ切った姿で。まるで死体のような状態で……。


 フランスは、すがるような気持ちで聞いた。


「疲れを癒すことはできますか?」


 チグリスがうしろから淡々と言った。


「死なせてやるんだな」


 ユーフラテスがとがめるように言う。


「チグリス!」


 ユーフラテスが慰めるような声で言った。


「他にも方法はある。イギリスの時間を誰かと同じにすればいいんだ」


「同じに?」


「ああ、イギリスがふつうのひとと同じ寿命で生きるようになるか、もしくは、同じように長い年月をすごす者が側にいれば、すこしは癒される。ぼくたちがふたりで暮らしているのも、そういうわけさ。長く生きるのに、一緒に過ごす友は必要不可欠なわけ。ひとりだと寂しいからね」


 ユーフラテスが、振り向き、フランスに視線を合わせて言った。


「疲れ切って、心が限界をむかえたら……」


 ユーフラテスが言いよどんだ先を、チグリスが後ろから淡々と引き取って言った。


「生ける屍になる。ゾンビだな」


 フランスはおそろしい心地で聞いた。


「それって、どういう状態なんですか?」


「イギリスの心は死んじまって、身体だけが息をしつづけるのさ」


 チグリスの言葉に、フランスはぞっとした。

 思わず、イギリスの腕をぎゅっとにぎる。


 そうして話をしている間に、フランスとイギリスがうしろ向きで入って来た門の前まで来た。


 ユーフラテスが、フランスとイギリスの前に立って言った。


「さて、もうお別れの時間だけど、バックドアが閉じるまで、あとすこしの時間ならある」


 チグリスが、ユーフラテスのとなりに立って、茶化すみたいにして言う。


「お、お節介する気か、めずらしいなユーフラテス」


 ユーフラテスは、チグリスの言葉にはかまわずつづけた。


「イギリス、きみはもしかして入れかわってフランスちゃんの姿になっている時に、痛みを強く感じたりすることはないかい? もしくはとっても疲れやすいとか」


 イギリスには比べようもないからか「さあな」と答えただけだった。


 フランスはすこしの熱でイギリスが寝込んだことや、月のもので苦しみ果てていた姿を思い出した。


 大げさなほど、しんどそうにベッドにもぐりこむ姿。

 大げさなほど、痛そうに、身をよじる姿。


 あれは、フランス自身が感じるよりも、はるかに強く、痛みや疲労を感じていたように見えた。


「わたしが感じる疲れや痛みよりも、彼の方がより多くの苦しみを感じているように見えます」


「そうか……。じゃあ、気をつけたほうがいいよ」


「気をつける?」


「彼の中身は、生きているのが不思議なほどの状態だ。彼自身の身体にあるときは、どうやら身体が強いのかそれをカバーしてくれているようだけど、きみの身体に入っている時は、むきだしの状態だ」


 チグリスが、こわがらせるみたいにして言う。


「想像してみろよ。全身の皮をはがれた状態で、ひとが立ってるようなもんだぜ。おそろしい」


 ユーフラテスは、今度はチグリスをたしなめなかった。


「チグリスの言うたとえは、おそろしいように聞こえるかもしれないけれど、本当だよ。入れかわっている時は、十分に気をつけた方がいい。あまりに大きな苦しみや痛みを感じれば……」


「どうなるんです」


「イギリスの中身が壊れる可能性もある」


「……」


「普通に生活していて感じる痛みくらいなら壊れないと思うけどね。拷問みたいなのは、だめだよ」


 さすがに、拷問みたいなことは、ないと思うけれど……。

 不安だわ。


 フランスは、おそろしくなって、守るようにイギリスを引き寄せてぎゅっとした。


 ユーフラテスが、大きく息を吸って、雰囲気を明るくして言った。


「でも、きみたちならきっと大丈夫だね! こんなところまで、来れたくらいだもの!」


 チグリスが能天気な声で、なぐさめになっていなさそうなことを言う。


「大丈夫、大丈夫。なるようにしか、なんねえ!」


 ユーフラテスは、フランスとイギリスを順に抱きしめて言った。


「会えてとっても嬉しかったよ。フランスちゃん、イギリス」


 チグリスも同じようにする。


「おれさまも、会えて嬉しかったぜ。可愛いひとっちと、不愛想なひとっち」


 フランスは礼儀正しくして言った。


「ありがとうございました」


 イギリスも同じようにする。


「感謝する」


 フランスとイギリスは門を背に、ユーフラテスとチグリスに挨拶をし、そのままうしろ向きに進んで門をくぐった。





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