第122話 ゾンビあらわる
フランスは、ユーフラテスが用意してくれたソファベッドに横になった。
イギリスは、ユーフラテスたちが座っていた向かいの長椅子に横になる。フランスだけが、ブランケットをかぶって、イギリスは何もかぶっていない。
大丈夫かしら。
寒くないといいけれど。
彼の身体は、あまり寒さを感じないものね。
いいなあ。
今は入れかわって、イギリスの身体になりたい気持ちだった。
ここって、教会の部屋より寒いわ。
話している時も寒かったが、ひとりで横たわってじっとすると、あらためて寒い。フランスは、手をこすりあわせて、身体をまるめ、なんとか耐えようとした。
しばらく目をつむってそうしてみるが、寒くてつらくなってくる。
身体が震えるほどだった。
フランスはあきらめて起き上がった。
イギリスがその様子を見て言う。
「眠れないのか?」
「寒くて……」
イギリスがあたりを見回す。フランスもまわりを見た。
今使っているブランケット以外にかけられるものは、なさそうだった。
イギリスが、立ち上がり、フランスのそばに来る。彼が着ているマントをフランスの上にかけた。
マントくらいでは、しのげるか微妙な気がする。
「陛下、となりで寝てくださいます?」
イギリスが一瞬、間をおいて「ああ」と答える。
ふたりでブランケットとマントにくるまって、くっつく。
あったかい。
これで、寝られるわ。
イギリスが、フランスの冷えた手に触れて言う。
「すっかり冷えているな。もっと早くに言え」
「眠ってしまえば、気にならないかと思ったんですが、眠れませんでした」
イギリスが、服の首元をゆるめた。
あんまり見ることのない首元が、間近にあって、なんとなくまじまじと見てしまう。
男の人ののどって、不思議な形をしているわよね。
この、でっぱってるとこ……。
押してみたい。
胸元あたりまでイギリスが服をゆるめる。
脱ぐ?
脱ぐつもり?
胸元まで服をゆるめると、イギリスがフランスの手をとって、彼の首元に持っていった。フランスは両手でイギリスの首に触れるようなかたちになった。
わあ、あったかい。
イギリスが、自分でそうしたくせに、不満そうな顔で言った。
「つめたい」
「わたしは、あったかいです」
「そうか」
「陛下」
「なんだ」
「このでっぱてるところ、押してみたいです」
「絶対にするな」
そう言われると余計にしたくなる。
「押さないので、ちょっとだけ触ってみてもいいです?」
「……」
無言は、大丈夫ってことよ。
フランスは、そっと親指でイギリスの喉の、でっぱっているところをなでた。
イギリスが顔をすこししかめて言う。
「くすぐったい」
フランスはなんだか面白くて、くすくすやった。
「めちゃくちゃイチャイチャしてるね」
「きゃっ!」
急に声をかけられて、フランスは思わず叫んだ。声のしたほうを振り向く。
ユーフラテスが、驚くほど近くで、こちらをのぞきこんでいた。
「やっぱり、ひとの子には寒すぎるかと思って、ぼくの羽毛でつくった羽毛布団もってきたんだけど、こんなにお熱いんじゃ、いらなかったかな」
あったかいやつ!
フランスは急いで言った。
「ください」
ユーフラテスがイギリスとフランスの上に、驚くほど重さのない羽毛布団をかけてくれる。
「あかりもつけっぱなしだったね。暗くしても大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。ありがとう、ユーフラテス」
「どういたしまして。それじゃあね、おやすみ、恋人たち~」
「おやすみなさい」
あたりが暗くなる。
だが、ちいさな灯りは残っていて、うっすらとあたりの様子は見ることができる。
イギリスはだまったままだった。
フランスはその顔を見て、またくすくすやった。
「楽しそうだな」
「居酒屋のときみたいだなと思って」
「ああ、あったな」
「帝国の皇帝陛下が恋人だなんて、贅沢ですね」
「そう思うなら、もっと大事にしろ」
フランスは笑った。
なにそれ。
帝国の皇帝が恋人か。
それって、なんだか想像すると気分がいいわ。
夢の中でくらい、そうしてみてもいいかもしれない。
フランスは、なんだか楽しい気持ちで言った。
「大事な陛下、おやすみなさい」
「おやすみ」
*
フランスは、おそらく夜明け頃に、魔王イギリスの姿で目が覚めた。
どうも、この場所には窓がないから、時間がよく分からない。
となりでは、まだイギリスが聖女フランスの姿で眠っている。
フランスが起き上がると、イギリスも目が覚めたようだったが、かなりぼーっとしている。
あ、もみもみしてあげないと。
フランスは横になったままのイギリスの肩や手をもみもみした。
しばらくすると、イギリスの目もしっかり覚めてきたようだった。
「右手、もっと強めで、親指のつけね、もっと」
もみもみを指示される。
フランスは、イギリスの親指のつけねを、ぎゅっとやっった。
「いたい」
ちょっと、難しいわね。
イギリスに文句を言われながら、指示されるままに手をもみもみしていると、ユーフラテスとチグリスが起きてきた。
イギリスも、ようやっと起き上がった。
ユーフラテスが、大きなくちばしをパカッとあけて、あくびをしながら言う。
「おはよ~、おふたりさ……」
そこまで言って、ユーフラテスがぴたっと止まった。
かたまったユーフラテスのうしろから、チグリスがこちらをのぞき込んで、叫ぶ。
「いやあっ! こわい! なにそれ⁉ ゾンビ⁉ ゾンビかなんか⁉」
ゾンビ?
なにそれ?
チグリスが、ユーフラテスに抱きつきながら言う。
「昨日そんな感じじゃなかったよな‼ こわいよぉ。おれさま、ゾンビものは苦手だよ」
ユーフラテスが深刻な顔で、イギリスの姿を見ながら言った。
「そうか、入れかわっているんだね。今は、フランスちゃんの姿のなかみは、イギリスってことだ。合ってるよね?」
フランスは、なんだかおそろしい気持ちで答えた。
「ええ、そうです」
ユーフラテスがイギリスに近づいて、まじまじと見つめて言った。
「ううん、こ、こわいなあ。こりゃ、もう、ほとんど死体だよ」
——え?




