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第121話 みちびきの石と賢者の石

 フランスの目の前で、チグリスが、亀の顔を悩まし気にしかめて考えている。


 目をぎゅっとつむったまま、チグリスが言った。


「おれさま、なにか思い出せそう」


 フランスは期待して、思わず声をあげた。


「えっ!」


 チグリスが目をぎゅっとつむったまま答える。


「あ、いや、ベルンの泉は知らないよ」


「……」


「ほら、あれあれ、あれだよ」


 ユーフラテスが、横からつっこむ。


「あれじゃわかんないよ」


「あ~、あれだってえ。主につかえる聖女なら、ヤハウェのお気に入りの女ってことだろ?」


「まあ、そうだね。お気に入りなんだろうねえ」


「ヤハウェんとこには、あれがあるじゃん。ほら……、みちびいてくれるやつ!」


 ユーフラテスが手を叩いて、分かった! みたいな顔で言った。


「あっ、あ~! ……なんだっけ?」


 チグリスが頭を抱えて悩まし気に言う。


「あれだよ~、あの石!」


 フランスは、聖書の内容を思い出しながら、言った。


「石? あかしの板!」


 チグリスが、早口で答える。


「モーセの十戒が記されてて、契約の箱におさめられてるやつな! ちがう!」


 フランスも、なぜかつられて早口でまくしたてるように言った。


「罪のない者だけが投げるやつ!」


「イエスの、ああ言えばこう言う系のエピソードのやつな! ちがう!」


「聖ペトロ!」


「イエスの弟子ペトロのあだ名な! ちがう!」


「水晶! 黄水晶! 紫水晶! 紅玉髄! 貴かんらん石! ざくろ石! 瑠璃!  瑪瑙! 縞瑪瑙! 赤縞瑪瑙! 碧玉! 黄碧玉!」


「祭司の胸当てにつけられてる十二個の宝石な! よく言えたな! ちがう!」


「ウリムとトンミム!」


 チグリスがフランスを指さして大声で叫んだ。


「それだーーーーッ‼」


 ユーフラテスが楽しそうに拍手しながら言った。


「さすが聖女だね。すごい、すごい」


 フランスは首をかしげて聞いた。


「ウリムとトンミムが、みちびきの石なんですか?」


 チグリスがすっきりしたのか、機嫌の良さそうな声で言う。


「そうだよ~。神の意志を知る手助けをしてくれる存在だろ?」


「聖書には、ウリムとトンミムの名前は出てきても、具体的な使い方は記されていないんです」


「アロンも、エルアザルも、レビも、サウルも、ウリムとトンミムに答えを聞いていたし、捕囚が終わったあとだって、ウリムとトンミムを使える祭司が起こるまでは、聖なるものは食べてはならないとまで言い始めたくらいだろ? あれは神の意志を知ったり、みちびきを得るための重要な石だ。ヤハウェのお気に入りなら、使えるだろ」


 フランスは、チグリスをまじまじと見た。


 すごい。

 聖書にくわしすぎる。


 でも——。


「ウリムとトンミムは、失われて久しい伝説の石です。もし今存在すれば、聖遺物として奪い合いでも起こりそうなほどのものですが、見つかっていません」


「見つかっていないなら好都合じゃないか。あれは、腐って消えたりしない。特別な石だからな」


 チグリスの言葉に、ユーフラテスもうなずいて言う。


「きみたちは、ここにも来れたくらいだ。探すしかないよ」


 フランスは、眉間に皺をよせて言った。


「何か、捜すためのとっかかりだけでも、あるといいんですけど」


 ユーフラテスが、頭の羽をぴろぴろしながら言った。


「賢い人に聞いたらいいんじゃない?」


「賢い人?」


「ああ、どこの世界にもいるだろ? 賢者ってやつさ」


 フランスは、イギリスのほうを見た。


 賢者なんていたかしら。


 視線で、イギリスに知ってる? と聞いてみる。

 イギリスが、すこし考えるようにしてから言った。


「古代の書物に出てくる、七賢人の話なら聞いたことがある」


 チグリスが手を叩いて言う。


「おお、やっぱ、いるじゃん。それだよ、それそれ」


「だが、古代に存在した賢者だ」


「大丈夫、大丈夫。賢者ってのはしぶといからな。あいつらが、賢者と呼ばれてる理由は、賢いからじゃない」


 フランスは、びっくりして聞いた。


「えっ。じゃあなぜ、賢者と呼ばれているんです?」


「賢者なんて呼ばれるやつは、知への探求にどっぷりつかった変人さ。この世のありとあらゆることを知ったり、探求したりしたい、超ド変人」


「はあ」


「探求なんてし始めたら、時間なんてあっという間に過ぎちまう。人の一生の時間だけで、超ド変人が満足できるほどの探求ができると思うか?」


「うーん……。なんだか、難しいような気がしますね」


「だろ? そういう超ド変人は、あるものにいきつくんだよ」


「あるもの?」


「賢者の石だよ」


「賢者の石?」


「ああ、賢者となるために必要な時をあたえてくれる霊薬だ。それを手に入れたものが、賢者と呼ばれるほどの知を手に入れるのさ」


「長く生きているということですか? 今も?」


 チグリスがにやっと笑って言った。


「何人か残っているといいな。何年生きるかなんて、あんなもん、気力の問題みたいなもんだからな」


 え、じゃあ一人も残っていない可能性もあるのね。


 ユーフラテスが元気づけるように言う。


「きっと残っているよ。ほんと、探求心にとりつかれたら、世界の時間なんてものは、あっという間だからね。何年だって、生きていられるだろうよ。ぼくたちみたいにね」


 そんなものなのかしら。


 フランスはちらっとイギリスを見た。


 それなら、彼も、何か探求心を得たりすれば、長く生きることが、つらくなくなるかしら。


 自分でのぞんで手に入れた不死ではないから、そうもいかないかもしれない。

 聖女の力と同じように……。


 チグリスが明るく言った。


「よし! これで、完璧だな!」


 ユーフラテスが、おおきなくちばしをパカッとあけてあくびをしながら言う。


「いっぱいお喋りしたね。もう、ぼく眠いよ」


「おれさまも、筋トレ死ぬほどしたから、もう眠いわ」


 ユーフラテスが立ち上がって言う。


「ふたりとも、夜明けにバックドアまで送ってあげるよ」


「ありがとうございます」


「あ、寝るのに、そのソファを使って。それソファベッドだから。ブランケットもそこらへんにあるの使っていいからね!」


 そう言って、ユーフラテスが、フランスとイギリスが立ち上がった後、長椅子の背を押して平らにした。


 これが、ソファベッドなのね。


 すごい。

 便利ね。


「また明日ね~」


「おやすみ~」


 ユーフラテスとチグリスは、手をふりながらあっという間に、別の部屋に消えていった。




***********************************

 おまけ 他意はない豆知識

***********************************

【ウリムとトンミム?】

「光と完全」という意味。

旧約聖書で、モーセの兄である大祭司アロンが、神の前でかならず胸に入れていたという謎の石。


【誰?】

アロンも、エルアザルも、レビも、サウルも、旧約聖書でウリムとトンミムまたはそのいずれかを手にしたことがある人。


【捕囚?】

新バビロニアの王ネブカドネザル2世による『イスラエル人大量にぶっ捕まえて強制移住させたる事件』通称、バビロン捕囚。

ぶっ捕まえられたイスラエル人こそ、旧約聖書に出てくるうっかりの民。

すぐ帰れると思ってたのに、全然故郷に帰れなかった。




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