第120話 秘密のドアと、突然変異体
フランスはコーラをちょっとずつ飲みながら、ユーフラテスの話を聞いた。
「まず、『古い場所』はさあ、来た時に通ったなら分かるだろ。朽ちて、ボロボロでさ、なんていうか、隙間だらけ」
フランスは、メソポタミアの朽ちた都市の残骸を思い出しながら答えた。
「ええ、そうですね。どれも朽ち果てて、ばらばらでした」
「そうそう、そういう場所ってさ、古くからある場所だから、情報もほころびやすいんだ」
「情報がほころぶ?」
「あ、気にしないで。世界がほころびやすい状態になってるってことさ。古すぎると、アップデートもできないからね」
「ふうん」
全然、分からなさすぎるので、とりあえず相槌を打っておく。
ユーフラテスは、さくさく話し続ける。
「そこにきての、なんだっけ、『夜明けの晩』か!」
「はい」
「うまいこと言ったな」
「誰が言ったんです?」
「さあね、作ったやつだよ。きみんとこの世界を。まあ、どっかからのパクリかもだけど」
「ぱ、ぱくり?」
「あ、気にしないで。これは、はざまのことを言ってるんだよ、きっと」
「なんのはざまですか?」
「世界のはざまでもあり、時間のはざまでもある」
フランスは眉間に皺をよせてユーフラテスを見た。
ユーフラテスが笑って言う。
「そんな顔しないで、難しい話じゃないよ。トワイライトタイムのことさ。夕暮れ時とか、朝焼けの時とか、世界が昼と夜できりかわるはざまの時間があるだろ?」
フランスはうなずいた。
「そういう、きりかわる時間ってのは、すきができちまうのさ。古い場所と一緒だよ。これまた、情報がほころびやすくて、隙間ができやすい。システム移行って、複雑だからね」
「ふうん?」
全く分からない。
とりあえず、そういうものと思っておくしかないわ。
ユーフラテスが、ここだけの話だ、という感じで、テーブルに身をのりだし、ひそひそ声で言った。
「世界には秘密のドアが用意されてるんだ」
急にわくわくする話になったわね!
フランスも、テーブルに身をのりだして聞く。
「秘密のドア?」
「そうそう、開発者のいたずらみたいなもんだよ。世界に侵入するためのドアが用意されてる。開発者でないものが、不正に作ったドアの場合もあるけどね」
ユーフラテスが、すこし間をおいて、大変な秘密を言っちゃうよ、みたいな様子で言った。
「そのドアは」
「そのドアは?」
「バックドア、っていうんだよ」
「バックドア?」
なにそれ、裏口?
ユーフラテスが、大きい目を、さらにひんむきながら言う。
「バックドアってのは」
「バックドアってのは?」
やだ、興奮してきちゃった。
「バックでしか侵入できないドアのことだよ!」
フランスは、力を抜いて言った。
「うしろ向きにしか入れないってことですか?」
「そういうこと! これが『後ろの正面』の正体だね」
フランスは思わず正直に言った。
「なんだか、ちょっとバカみたいですね」
ユーフラテスがおかしそうに笑って言う。
「誰かが勝手に決めたことなんて、全部バカみたいなことさ」
まあ、たしかにそうかも。
フランスも笑った。
「バックドアってのは、隙間がある場所で、隙間のある時間にだけ、あけられるんだ。たまーに、うっかり迷い込んじゃうやつもいる。ほら、たまにない? なんか隙間で白骨化しちゃってる生き物とか。ああいうのがあったから、今は全部のドアの前に監視カメラつけてるんだ」
「かんしかめら?」
「そこらじゅう見える魔法みたいなやつ」
「魔法!」
わくわく!
それで、ドアの前にいたときに見えていたし、話しかけてきたのね。
魔法、すごい!
イギリスが口をひらいた。
「戻るときも、はざまの時間にしか戻れないのか?」
「そうそう! だから、きみたちが次にもどれるのは夜明け時だね」
そのとき、ドアがひらく音がした。
「あ、チグリスだ。おかえり~」
ユーフラテスがそう言って、手をふる先に、いた。
亀が。
すごい!
亀だけど!
人っぽい!
チグリスは、ふたつの足で立ち、その手足はまるでひとのようだった。
なんだか、すごく筋肉質だわ。
いい身体ってやつね。
ただ、腹は亀の腹だし、背には甲羅を背負っているようだ。顔も、毛はなくつるりとしていて、亀の趣がある。
目が合った。
亀、いや、チグリスは、おっ、みたいな顔をして両手でこちらを陽気に指さながら言った。
「ひとっちじゃん~。うっそ~、めっちゃ久しぶりに見た~」
ユーフラテスが、立ち上がって紹介するような仕草をした。フランスとイギリスも立ち上がる。
「チグリス、こちら、フランスちゃんと、イギリスだよ」
「ほっほ~、フランスとイギリス? まじか?」
チグリスが妙な顔付きをした。
ユーフラテスがにこやかに説明する。
「ちなみに、職業は聖女と皇帝らしいよ」
「聖女と皇帝~⁉ 胸やけするわ。あ、嫌いって意味じゃないからね。おれさま、好きだよ、そういうのも」
「だよね~」
ユーフラテスとチグリスが、ふたりでけらけらと笑う。
全然、分からないわ。
フランスがまじまじと見つめていると、チグリスがにこっとして、近づいて来ながら言った。
「やっぱ見とれちゃうよねえ。おれさまの筋肉。どう?」
チグリスが腕をまげて筋肉を見せびらかす。
「素敵です」
「お~、そうだろ! そうだろ! さわってみる? さわってみて! これが亀の突然変異体チグリス様の、ばっきばきの、筋肉!」
チグリスがそう言いながら、イギリスとフランスの前まで来て、とつぜん、驚いたような表情に変えて言った。
「えっ、うわあ、これって、まじ、凄いいかつい、うん」
その瞬間、ユーフラテスが近づいてきたチグリスの緑色の顔面のど真ん中を殴った。
思いっきり。
ユーフラテスの拳が、チグリスの亀っぽい顔面に思いっきりめり込む。
ユーフラテスが、にっこりとして言った。
「チグリス、だめだよ」
「え、いやでも、すごい、うん」
まだ何かを言おうとするチグリスの顔面に、またユーフラテスの拳がめりこむ。
ユーフラテスが優しい声で言った。
「うんこに行きたいんだね。チグリス行っておいで。こんなところでもらしたら大変だから」
チグリスがめりこんだユーフラテスの腕を、両手で持ってはずし、言った。
「わかった、わかった、言わないよ。これで、いいだろ?」
ユーフラテスが、にっこりしたまま、フランスとイギリスのほうに向いて言った。
「気にしないで、チグリスがとんでもない下ネタを言おうとしただけだよ」
また、チグリスが口をひらく。
「うん」
ユーフラテスの拳がめりこむ。
大丈夫かしら。
すごい、めり込んでいるけど。
「それよりも!」
ユーフラテスがチグリスに向かって、フランスとイギリスが先ほどした話をしてくれる。
「というわけで、ふたりはベルンの泉について知りたいらしいんだよ。チグリスは、ベルンの泉について、知ってる?」
チグリスがたくましい腕を組んで、胸をはり、自信たっぷりに頷いて言った。
「ばっかやろう。チグリス様だぞ。まかしとけえ」
ついに!
ついに分かる、の⁉
チグリスが自信満々に言った。
「知らん‼」
だと、思ったわ‼




