第119話 あ~! ベルンの泉ね!
大きな鳥が、どうぞ、と言うので、フランスはコーラなるものに手をのばした。
イギリスに腕をつかんでとめられる。
まさか、飲むなというつもり?
飲まないという選択肢はないわよ?
イギリスが、コーラのグラスをとって口に含んだ。
しばらくして、フランスの前にグラスをもどす。
あ、毒見してくれたの?
フランスがイギリスの顔を見ると、うなずかれる。
大丈夫ってことね。
一口飲む。
ぴりぴりする!
けど甘い!
不思議!
美味しい!
大きな鳥は正面の長椅子に座って、コーラを一気飲みした。
コーラの瓶を真っ逆さまにして、大きなくちばしの間にはさみ、流し込むみたいにする。
フランスは、ちょっとずつコーラを飲みながら言った。
「コーラ、美味しいですね。はじめて飲みました」
「気に入ったの? Amazonでまとめ買いしてるから、まだいっぱいあるんだ。たくさん飲んでね」
「あまぞん?」
「うん、店の名前だよ」
ふうん。
そういう店で売ってるのね。
大きな鳥は、すぐさま紅茶も一気飲みして、一息つくと、言った。
「ぼく、ユーフラテスだよ。よろしくね」
手を差し出される。
フランスはその手を握って言った。
「フランスです」
「へえ、フランスちゃん! ……ふうん」
なんだか意味ありげな反応だった。
ユーフラテスは次にイギリスに手を差し出した。
イギリスも、ちょっと間をおいてからにぎりかえした。
「イギリスだ」
「イギリス! ……ふうん」
またしても、意味ありげな反応。
ユーフラテスが、フランスとイギリスを指し示しながら、言った。
「ねえ、きみたちって、もしかして仲悪かったりしない?」
フランスは首を横にふった。
なぜか、ユーフラテスが残念そうにして言った。
「ちがうんだ。まあ、いっか。ふたりとも何してるひとなの?」
「主に使える聖女です」
「皇帝」
ユーフラテスが手をたたいて、笑いながら言った。
「聖女と皇帝~? なんか、すっごい組み合わせだね。胸やけしそう。で、ふたりはなにを強盗しに来たの?」
「強盗だなんて、わたしたち何も盗んだりしようなんて思っていません」
「そうなんだ。なら、よかった。といっても、きみたちが盗んで得するようなものなんて、ここにはないけどね。それじゃ、迷子かな?」
「わたしたち、教えて欲しいことがあって来たんです」
「え~。教えて欲しいこと~? ぼくに~?」
何としても、教えてもらわないと。
ベルンの泉について。
フランスは、姿勢をただして聞いた。
「あなたが『世界で一番長く生きる者』で、『多くを知る者』である鶴と亀ですか? わたしたち、鶴と亀に会って聞きたいことがあって来たんです」
「ははあ、世界で一番長いかは知らないけれど、うんと長生きしてるのはたしかにぼくだし、まあまあ多くのことも知っているかもね。長生きだからさ。鶴か亀かって言われたら……、ぼくは、鶴だね! 見るからにね!」
いや、鶴には見えない。
でも、鶴なのね!
会えちゃった!
フランスはイギリスと目を合わせた。
すごい、簡単に会えちゃったわね。
イギリスが口をひらく。
「ベルンの泉について教えて欲しい」
「あ~、ベルンの泉!」
ユーフラテスが、はいはい、あれね、みたいな反応をした。
すごい!
こんなに簡単に、分かっちゃうのね。
入れかわりについて、分かるかしら!
フランスが期待の眼差しで見つめていると、ユーフラテスが「ははは」と笑って、まかせてくれよ、みたいに頷きながら手を振った。
そして、急に真顔になって言う。
「なにそれ?」
……え?
フランスは、前のめりになって言った。
「ベルンの泉です。スイス大公陛下がおさめる大公国の城にある、古い泉のことです」
「スイス大公陛下~? 大公国~? え~……、ぼく、わかんない」
な、なんですってぇぇぇ。
ユーフラテスが、あっけらかんと笑いながら言う。
「そんな顔しないでよお。いっぱい色んな作品見てきたけどさあ、いっぱい見すぎて全部は覚えてないんだよねえ」
「作品?」
「あ、世界、と言いかえてもいいかな。ぼくって、見る専、読み専なんだよねえ」
「見る専、読み専?」
「うん。……あ~、フランスちゃんて、あれだ、主につかえてるんでしょ?」
「はい」
「それって、あれ? 主って言ってるのは、ヤハウェのこと?」
「そうです」
ユーフラテスが嬉しそうに手をたたい言った。
「やっぱり~。彼ってほんとどこにでもいるよね。あ、そういう設定だっけ」
設定?
ユーフラテスはひらひらと手をふって「気にしないで」と言って、つづけた。
「彼って、創作する側じゃん?」
「はあ」
「ぼくって、創作はしないの。見るか読むか、あ、あと聞くか。とにかく、色んな世界をのぞいてまわるのが趣味なんだ。でも、見すぎてさあ、全部は覚えてないんだよね。とっかかりがあったら思い出すかもしんない」
だから詳細を話してほしい、と言われて、フランスはよく分からないまま、イギリスとの入れかわりについて説明する。
ベルンの泉で、ふたりの投げた金貨がぶつかったこと。それ以来、夜明けから正午まで入れかわってしまうこと。ベルンの泉が妖精王のひらいた泉らしいということも。
フランスは、できるだけ丁寧に説明した。
イギリスも、足りない部分を補って説明してくれる。
ユーフラテスが大まじめの顔でうなずく。
「うんうんうん。なるほど。……わかった!」
ついに!
フランスは、緊張して待った。
ユーフラテスが真剣な顔で言う。
「ぜんぜん、思い出せない‼ 知らないかも‼」
フランスが肩を落とすと、ユーフラテスが手をたたいて言った。
「あ、チグリスにも聞いてみようか。あいつは覚えているかもしれない!」
「チグリス?」
「きみの探してる亀だよ。いまちょっと出てるんだよねえ。もうちょっとしたら帰って来ると思うけど」
そのあいだに、何か他に聞きたいことはあるかと言われて、フランスは気になったことを聞いた。
「もっとも古い場所で、『夜明けの晩』に、『後ろの正面』であなたに会える、という文献をもとに、ここに来たんですけど……、これって、どういう意味なんです?」
「あ~、フランスちゃんとこには、そんな感じでヒントが隠されてたんだ。ふうん。面白いね」
「ヒント?」
「ここは、色んな世界が交差する場所なんだ。はざまの場所だよ。どこでもあって、どこでもない場所。つまり、どこからでも来れなさそうで、来れる場所」
フランスは思わず顔を難しくさせて言った。
「なんだか、こんがらがっちゃうわ」
「つまりこうさ」
ユーフラテスが楽しそうに喋りはじめる。




