第117話 扉のむこうの、謎の声
フランスは尻もちをついて、痛む尻をおさえながら立ち上がった。
目の前には、石の門がある。門の形はあるが通り抜けることのできない門。さっきまで、フランスの背中側にあったものと同じような作りだ。
フランスは、壁を触ってみた。ざらりと冷たい石の感触がする。
え、どういうこと?
わたし、通り抜けちゃったの?
「陛下!」
大きめの声で、壁に向かって呼んでみるが答えはない。
フランスは、あたりを見回した。
さっきまでいた場所と様子は変わらない。
フランスは急いで門のうらっかわに回り込んでみた。座ってパンを食べていた柱の残骸と全く同じようなものが、そこにある。だが、さっきと同じ場所に思えるのに、イギリスはそこにはいない。
フランスは、さっき自分が倒れて出てきただろう門の裏側にもどって壁にふれた。
さっきよりも大きな声で、壁に向かって叫んでみる。
「陛下!」
ひとりになると、急にあたりの音に敏感になる。
風が森を抜けるざわめきのような音。
何かが枝を踏んで割ったような音。
虫の声。
こわい。
すると、壁につけていた手に、別の感触があった。
そのまま押される。
「きゃっ」
壁からイギリスが出てきた。
背中から。
フランスが触れていたのは、イギリスの背だった。
彼の身体がすべて門を通り抜ける。
フランスはその姿を見て、心底ほっとした。
イギリスがふりむいて、フランスの顔を見て言った。
「なんだ、もう冒険がこわくなったのか?」
フランスは、不安なまま頷いた。
イギリスが声をやさしくして言う。
「何もなくて良かった。きみが、壁に吸い込まれて、どうしようかと思ったよ。うしろ向きにしか入れない門らしい」
イギリスがあたりを見渡して言う。
「さっきと景色は変わらなさそうだが」
彼は足元に目をやって言った。
「いや、さっきよりも道がはっきりとしているな」
フランスも下に目をやった。
ほんとね。
たしかに、門に向かって続いていたけもの道のようなものは、ほんのわずかに通ったものを思わせるような道だった。
だが、今、足元にあるのは、道幅も太い、しっかりと人が通っていそうな道だった。
フランスとイギリスは顔を見合わせた。
道の先は神殿のほうに続いている。
冒険、だわ。
「少しだけ、見に行ってみます?」
「そうだな」
ふたりで神殿があった方向に進む。
フランスは、神殿を見て、息をのんだ。
夕暮れ前に見た神殿は、すっかり朽ちて、半分ほども水に沈んでいた。
だが、今、目の前にあるのは、立派な石造りの神殿だった。朽ちてはいない。なんだか妙に明るいあかりもある。まるで昼間のようにあたりを照らす強い光だった。
フランスは思わずイギリスに近づいて、腕をぎゅっとにぎった。
イギリスが、フランスを見て言う。
「やめておくか?」
「いいえ! 行きます!」
神殿の中に入ると、さらに明るかった。
中は、回廊がまっすぐに伸びている。ずっと先にひとつ扉があるようだった。
ほんとうに昼間のように明るい。
壁にとりつけられている灯りは、炎の揺れがない。
一体、どういう灯りなのかしら。
不思議ね。
奥の扉の前で立ち止まる。
イギリスが、そうっと扉をひらいて中を調べるようにする。問題なさそうなのか、そのままするりと入り込み、フランスに腕を差し出した。
フランスはその手を握って、自分も扉の中に入る。
奇妙だった。
何もかもが、見たことのないものに囲まれている空間だった。
地面は金属のようなものでできていて、なめらかに平らかになっている。壁も天井も金属でできているように見える。黒や白や灰色の網目のない縄のようなものがたくさん、天井に貼りつくようにある。
何かしら。
変なの。
今出てきた扉を見ると、見たことのない記号か、文字のようなものが扉の上に記してあった。
扉の内側は、左右にずっと廊下が伸びている。
なんだか、よそよそしい感じのする風景だった。
全て金属でできているからだろうか。
左右にのびた廊下には、無数の様々な扉がある。
フランスは、廊下の先の方を見ながら言った。
「これは、迷って戻る扉を見失ったら大変なことになりそうですね」
「そうだな。扉の上にある文字が、それぞれに違う。これを覚えておけばよさそうだが、あまり奥まで進むのも、危険かもしれないな」
ふたりが、とびらの前で、ためらっていると、急に、ひびわれたような声が聞こえた。
「ねえ、誰ー? 扉、あけっぱなしにしてるの」
びっくりした!
フランスとイギリスはキョロキョロやるが、声の主はどこにもいない。
また声がする。
「あー、見えない、見えない。ぼく、いまそこにいないからさあ。あ、でも、こっちからきみたちの姿は見えてるからねえ」
フランスとイギリスが目を見合わせて、怪訝な顔をしあっていると、また声が聞こえる。
「とりあえずさあ、扉しめてくんない? ぼく、虫苦手なんだよねえ。おっきいのとか入ってきて、見失ったりしたらさあ、三日くらい眠り浅くなっちゃう。ねえ、そこの、おふたりさんだよ。かわいいひとの女の子ちゃんと、ひとの男の子」
フランスは、とりあえず、かわいいと言われたので、気をよくして扉をしめた。
廊下に、どこから出ているかわからない声がひびく。
「ありがとう! かわいいひとの女の子ちゃん! よかったらぼくとお茶しない~? いま、向いてる方向に歩いてきてよ」
ちょっと……。
だいぶ気の抜ける声だわ。
大丈夫かしら?
フランスとイギリスは、目を見合わせてから、声が示す方向に向かって歩きはじめた。




