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第116話 後ろの正面からお入りください

 地獄の苦しみだった。


 フランスは、冒険のはじまりの地、メソポタミアで、気持ち悪さと眩暈で横になっていた。


 馬で教会から離れ、ひとけのない場所まで行った後は、いつも通りだった。告解室のようなものに乗って、竜に運ばれる。


 いつもより距離が長かったから、多少慣れてきた竜での移動が、あらためて身体にこたえた。


 フランスは、イギリスが用意してくれた敷物の上でぐったりと横になっていた。


 目の前で、イギリスが竜の姿のまま、告解室みたいなものをいい感じの場所に置き直したり、小さな天幕と言うほどもないテントのようなものをたてたりしている。


 働き者の皇帝と、なまけものの聖女よ。

 なまけているわけじゃないけれど。


 手伝いたくても、これじゃあ無理ね。


 フランスは、あきらめて、目をつむった。


 しばらく横になっていると、少しずつ気持ち悪さが引いてくる。


 すこしして、イギリスが近くに座る気配があった。あたたかくて大きな手に、てのひらを押される。


 目をあけると、目の前にひとの姿に戻ったイギリスがいた。


 フランスは起き上がった。


 イギリスが心配そうな声で言う。


「もういいのか?」


「ええ、まだちょっと気持ち悪いですが、動けそうです」


 イギリスの手に助けられて起き上がる。


 あらためてまわりを見てみた。


 あたりは樹々にかこまれている。

 森の中だった。


 ただの森ではない。

 そこかしこに、石造りの柱や、石畳の残骸や、石を積んだ門のようなものが残されている。どれも朽ち果てて、崩れたり、欠けたりしていた。


 想像していたほど、都市、という感じはなかった。


 フランスはちょっと残念な気持ちで言った。


「遺跡といっても、完全な形で残っているようなものではないんですね」


「ああ。ほとんどが土にかえりかけているようなありさまだ。奥に行くと、神殿のようなものもある。それが一番大きいな」


 フランスはわくわくして言った。


「見に行きたいです」


 ふたりで朽ちた都市の残骸を眺めながらあるく。


 もしや途中でおなかがすくかもと思って、パンの入った袋を持って歩いた。


 どこかで、パンにかぶりつくのよ。

 素敵な、冒険!


 奥まで行くと、イギリスが言ったように神殿のようなものがあった。


「あら、沈んでしまっているんですね」


 神殿は、湧き出た水のせいか、半分ほど水に沈んでいるような状態だった。


 フランスは、残念な気持ちで言った。


「これじゃあ、あの中は見て回れそうにないですね」


 一番の冒険どころのようなのに。


「そうだな。まあ、今日の所は様子見のようなものだ。一応、夜にもう一度見に来よう」


「わくわくしちゃいますね!」


「よっぽど楽しみだったんだな。パンまで握りしめて」


「冒険するなら、しっかり腹ごしらえしないと」


「そうか」


 神殿のまわりも歩いてみるが、どこもかしこも似たような様子だった。たおれた柱や、建物の基礎のようなものや、うっすらとのこる道のあとのようなものがある。いや、これはもう、けもの道だろうか。


 すこし日が傾いて来たようだった。


 そろそろ夕暮れ時ね。


 イギリスが言った。


「暗くなる前にテントまで戻ろう。戻る途中の、冒険にちょうど良さそうな場所で、それを食べればいい」


 フランスはにこっとやった。

 イギリスも小さく笑う。


 戻っている途中で、ふと、フランスは妙な心地がして立ち止まった。


 ん?


 先を歩いていたイギリスが、振り向いて言う。


「どうした?」


「あれ、なんだか、妙じゃありません?」


 フランスが指さした先には、石造りの門があった。

 そこらへんにあったものと基本的な作りは変わらない。


 ただ、これは通り抜けるべき場所が石の壁になっていた。


「門なのに、壁でふさがれています」


 近寄って見ると、けもの道のようなものが、門にむかって真っ直ぐ伸びている。


 妙ね。


 通り抜けられないところに、けものがこんなに近寄って道を作るかしら。


 イギリスも近寄ってきて、門にふれたりして確かめるようにする。


「たしかに。妙だな」


 ぽつりと立っている門のまわりを、ふたりでぐるりとまわる。裏側も、まったく同じように門の形になっていた。


 変なの。


「きみが見つけた、冒険っぽいものの前で、食べたらどうだ? ちょうど座るのに手ごろな柱もあちこちにある」


「いいですね!」


 フランスとイギリスは、妙な門の前にある、手ごろな柱の残骸に座った。


 フランスがパンをもぐもぐやっている間、イギリスがフランスの髪をとかす。ダラム卿がくれた身だしなみセットからこっそり櫛を持ってきたらしい。


 気分良さそうに髪いじりして遊んでいる。


 ちょっと、うっとうしいけれど……。

 楽しそうだし、ほうっておこう。


 パンを食べ終わるころには、すっかり夕陽がさしこんで、あたりが赤くそまり始めていた。


「森の中からだから、夕陽は見えないかしら」


 フランスは立ち上がって、門のほうに近づいた。


 門は夕陽があたって、赤く輝いている。その前に立って、門を背に夕陽を見つめる。


 木々の隙間から直接夕陽が見えてまぶしい。


 イギリスが柱に座ったまま、からかうみたいに言う。


「冒険っぽい夕陽か?」


「ええ、とっても、冒険っぽい。……いや、夕陽は、どこに行っても夕陽ですね」


 イギリスが笑った。


 いつも通りだけど、ちょっと特別よ。

 場所が違うもの。


 メソポタミアよ?

 わくわくよね。


 フランスは、背にある門の壁にもたれようと、背中を壁に向かってたおした。


 もちろん、壁がフランスの背を支えてくれるはずだった。


 それなのに、フランスの身体はそのまま、後ろにむかって勢いよく倒れる。



 えっ⁉



 すっかり壁があると思っていたから、思いっきり重心をうしろにたおして、そのままバランスを崩して叫びながら、後ろに倒れこんだ。




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