第115話 いざ、冒険のはじまり!
フランスは仮面舞踏会を楽しんだ翌日、夜明けから、休む暇なくドタバタと仕事をこなしていた。
イギリスの姿で書類仕事を片付け、猫の姿で教会内を走り回り、物品の不備を確認したり、人がいないのを確認して、魔王イギリスの姿で草むしりまでやった。
正午に姿が入れかわってからは、人と会う予定をいくつかこなす。
近くの修道院に全力で走って行って、病室で過ごしている癒しの力を必要とするものたちに会う。
いつもなら一人ずつ与える癒しの力を、必要とする者を一カ所に集めて大声で「あなたは癒された―ッ!」と叫んで与える。とんでもないやり方に、修道士たちが目を丸くしていた。
ごめんなさい。
ありがたみのかけらもないやり方だったかもしれない。
でも、効果は一緒だから。
聞こえたら……、効くから。
胸に手をかざすのは、それっぽさの演出だけだから。
フランスはまた、全力で走って教会までもどる。
一緒にいてくれるのがアミアンなので、全力で走っても、余裕だ。アミアンはけろっとしている。フランスが、とんでもない状態になるだけだった。
なんとか、全ての一日分の仕事をやり終えて、イギリスの天幕にゆく。
イギリスが、ゆったりとお茶を飲みながら、余裕な感じで書類をながめているところだった。
いいわね。
余裕で。
イギリスが、息切れしているフランスを見て、いつもの無表情で言った。
「はやかったな」
むかつくわ。
それは、遅かったって意味でしょ。
帝国の人間はこれだからね!
イギリスが優雅にカップを持ち上げて言う。
「飲むか?」
「ええ、ください。もう、喉がからからです」
イギリスが、自ら茶を入れてカップを渡してくれる。
フランスは勢いよく一気飲みした。
イギリスが、いつものいじわるな顔で言う。
「教国の女性の品の良さには頭が上がらないよ」
フランスは、イギリスをにらみつけてやりながら、カップを返し言った。
大きめの声で。
「帝国の紳士って本当に、素敵に優しさに満ち溢れた言葉ばっかり使われるので、いつも感動してしまいます! きつく言って女性を泣かせたりなさらない、優しい方ばっかりなんですって! ほんっと! 素敵!」
「……こわい」
なにが、こわい、よ。
噛みついてやろうかしら。
フランスが歯をむきだしてやると、イギリスがおそれるようなそぶりをした。
ふん!
そうやって遊んでいると、アミアンとダラム卿が天幕に入って来た。ふたりとも手に何か持っている。
アミアンが、袋をフランスに差し出して言った。
「陛下、お嬢様、これは夜ごはんと、朝ごはんです。火を使わなくても食べられるものにしておきました」
「ありがとう、アミアン」
袋を受け取る。
中身を見てみると、パンと肉とチーズだった。
いつものやつ。
ダラム卿も包みを持ってきて、フランスに差し出す。
フランスは首をかしげて聞いた。
「まあ、これは?」
「あなたの冒険のための服ですよ。ついでに、小旅行にちょうどよく携帯できる、小ぶりな身だしなみセットも用意しました」
中を見てみると、男性が着るようなズボンの装束一式と、小さな櫛や鏡がまとめられた、かわいい小箱がついていた。
とってもかわいい。
なんだかいい香りまでする。
「まあ、香り袋まで入れて下さったんですね」
「荒涼とした地で、お眠りになるときに、ひとときあなたの癒しになればと思いまして。虫よけにも効くそうです」
フランスは、あらためて、ダラム卿を見た。
気のきき方が、さすがすぎるわ。
素敵な、女たらしね。
アミアンがとなりで小さく拍手した。
イギリスが、アミアンとダラム卿に向かって言う。
「明日の午前中には、もどる。聖女が問題なくここまで飛べれば、だがな。無理そうなら、戻るのは昼過ぎか、最悪夜になるだろう」
「飛べますよ」
フランスの言葉に、イギリスが疑うような顔をして言う。
「ああ、いつだって真っ直ぐ立派に飛べているものな」
フランスは、昨日やったみたいにイギリスの腕を押した。
いじわるばっかり言うんだから。
フランスが、軽くにらむと、イギリスが小さく笑う。
一瞬ダラム卿が驚いている顔が目に入ったが、彼はすぐに笑顔に変えて言った。
「フランス、陛下をどうぞよろしくお願いいたします」
フランスは笑った。
反対だと思うけれど。
「はい、しっかり陛下をお守りいたしますね」
「……」
イギリスは、納得いかなさそうな顔をしながら黙っていた。
アミアンが笑顔で言う。
「お嬢様、陛下は朝起きられたら、しっかりと目が覚めるまで、おててと肩をもみもみされるのがお好きです」
え、そうだったんだ。
知らなかった……。
さすが、アミアンね。
そういえば、何度かアミアンがそうしているのを見たような気もする。
「わかった、しっかりもみもみするわ」
「……」
イギリスは、今度は納得していそうな顔で黙っていた。
*
フランスは、ダラム卿が用意してくれた服に着替え、イギリスと馬に乗った。
今日は人目のない場所まで馬で移動するらしい。
馬上から、アミアンとダラム卿に手をふる。
「行ってくるわね」
「お嬢様、陛下、お気をつけて」
アミアンとダラム卿も、手をふってくれる。
まだ明るい時間だ。
この時間から移動すれば、明るいうちに目指す場所につけるらしい。
鶴と亀がいるという場所、古代都市の遺跡、メソポタミアに。
まずは、ふたりともその場所の地形を把握しておいた方がいいというイギリスの提案で、明るいうちに行くことになった。晩や夜明けに何かと出会えるかもしれないとして、場所に不慣れすぎては探すものも探せない。
なんとか、仕事を片付けて、ようやっとの出発だ。
いよいよね。
イギリスがうしろから言う。
「走らせても大丈夫か?」
「ちいさい頃に乗馬はならっていたので、たぶん」
ひとりじゃ怖くて乗れないけれど、馬に乗る感覚はまだなんとなく覚えている。
イギリスが馬を走らせた。
景色がながれる。
なんで、馬車は酔うのに、馬だと酔わないのかしら。
風が、わくわくとした気持ちを盛り上げるように、吹く。
わあ、ほんとに冒険するのね。
とっても、素敵!




