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第114話 わたしの王子様

 フランスは、馬車のとまった気配で目が覚めた。


 しまった。

 思いっきり寝ちゃったわ。


 これじゃ、また夜に眠れなくなるかもしれない。


 フランスは馬車をおりて、教会の中に入ってからシトーに言った。


「シトー迎えに来てくれてありがとう。わたし、アミアンの部屋に行くわ」


 シトーがうなずく。


「おやすみなさい」


 シトーがじいっとフランスを見た。


 あ。


「キスして欲しいの?」


 シトーがうなずく。


 フランスが両手をのばすと、シトーが顔を下げる。フランスがキスできる位置まで。


 シトーの額にキスをする。


 ついでに、頭をなでる。

 ふわふわの短い髪が手に心地よい。


 シトーは、目をつむってされるがままだった。


 自分からは、触れないけれど、触れてはほしいのね。


 最後に、もうひとつ額にキスして、離れる。


「おやすみ、シトー」


 フランスは、シトーから靴を受けとり、教会の中をつっきってアミアンの部屋に向かった。


 コルセットはひとりで外せないもの。

 アミアン、まだ、寝てないといいけれど。


 広場にさしかかったとき、噴水のところに誰かがいるのが見えた。


 すらりとした男の人。


 月に雲がかかったのか、暗くてよく見えない。


 教会の者じゃない?

 誰かしら。


 男がフランスに気づいたのか、歩いてくる。

 ちょっと不安になる。


 こんな時間に、教会と全く関係のない者がいるとは思えないけれど。


 さっきシトーと入るとき、門には鍵がかけられていた。


 走ってシトーのところに戻った方がいいかしら。


 そう思っているうちに、男はあっという間に近くまで来た。

 最後は走ってフランスのもとに来て、勢いよくぎゅっと抱きつく。


 フランスはあんまりのことに、こわくて声も出なかった。


「お嬢様、おかえりなさい」


 フランスは自分を抱きしめている人物の声に、おどろいて小さく叫ぶみたいにして言った。


「アミアン⁉」


 アミアンがくすくす笑う。


「そうです。お嬢様ったら、誰か分からないって顔してましたね」


「だって、こんな暗くちゃ見えないわよ!」


「わたしは、見えてます」


 ええ。

 こんなに暗いのに?


 身体能力どうなってるのよ。


 月にかかっていた雲が去ったのか、あたりがすこし明るくなる。


 すこし身体をはなしたアミアンの姿がはっきりと見えた。男性用の装いをしている。華やかなあしらいがある、立派な姿。


「どうしたの、その恰好。すごく素敵ね」


 すらりと身長の高いアミアンには、男装がおどろくほどよく似合っていた。


「陛下のところの、使用人の方にお借りしました。舞踏会などについていく時用の礼服だそうです。が、領地持ちの貴族くらいに豪華な衣装です」


「ほんとね。皇帝づきだもの、使用人だって、そのぐらい豪華じゃないとよね」


 全然つれて歩いているところを見ないけれど。


 アミアンが、まるで貴公子みたいに、礼儀正しい様子で言う。


「お美しいお嬢様、わたしとも一曲、踊っていただけますか?」


 なんだか、さまになっている。


 フランスは、くすくすしながら言った。


「アミアンと踊るの? なつかしいわ。 アキテーヌで練習するときはいつもアミアンと一緒に踊ったわよね」


「ええ、だからわたし、エスコートは得意中の得意です」


 なつかしい。


 踊りの授業の時は、いつもアミアンが男役をしてくれていた。


「踊りたくて待っていてくれたの?」


 フランスの言葉に、アミアンがにやっとして言う。


「お嬢様は、きっと馬車でお眠りになったでしょうから。せっかく疲れて眠くなっていたのに、また、眠れなくなるでしょう? ですので、気絶するほど眠くなるまで、アミアンがお相手いたします」


 フランスは思わず真顔になって言った。


「も、もう眠れるわ」


「いえいえ、まだ、全然、眠れませんよ」


 アミアンがフランスの腕を引っぱって、広場に出る。


 ひらけた場所で、ふたり、踊りの練習をするときみたいにして、くっつく。

 アミアンが音を口ずさみながら、フランスをエスコートした。


 月明かりの下、しずかな教会の広場で、まるで美しい貴公子のようなアミアンが、笑顔でフランスを見つめる。


 すごく、かっこいい。


 フランスが楽しくなってきて、ふざけてぴょんぴょんやると、アミアンもぴょんぴょんやる。


 フランスは笑いながら言った。


「これ、いつも叱られてたやつよ!」


「あの先生、ちょっとでもふざけたら、小さな鞭を持ち上げて脅していましたね!」


「鞭なんてへっちゃらよ! あーんなちっちゃい小枝みたいなの!」


「じゃあ、次は大技の叱られるやつです!」


 アミアンが、フランスの腰をつかんで、思いっきり持ち上げて、そのままくるくるまわる。


「まだ、これできるのアミアン⁉」


 すごすぎる!

 もうお互い、大人の体なのに⁉


 そのあとも、二人でふざけて、勢いよくくるくるやったりする。


 きゃーっと楽しそうな声が出て、ふたりでしーっとする。


 くすくす笑いながら、散々ふたりでおどる。


 フランスはくたくたになって、噴水のへりに座った。


「もう……、無理。もう、ぜったい……、ぐっすり眠れるわ」


 息切れがすごい。


 アミアンがひょいっとフランスを抱き上げる。まるで王子様がお姫様にするみたいに。


「アミアン、かっこいい」


 アミアンが、かっこいい笑顔で言う。


「お部屋まで、お連れいたします」


 フランスは、思いっきり甘えた声で言った。


「今日は一緒に寝てよ、アミアン」


 優しい笑顔で、甘やかすアミアンの声。


「もちろんです、お嬢様」


 さらに、甘えた声で言ってみる。


「キスしてえ」


「はい、お嬢様」


 アミアンがフランスの頬にキスする。


 ぜったい、世界でいちばんかっこいいわ。


 わたしの王子様ね。



 素敵。





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