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第112話 あなたといると楽しい

 フランスは、もう三曲もイギリスと休みなく踊って、へとへとだった。


 ちょっと、足が痛くなってきちゃった。


 イギリスが持ってきてくれた水を飲む。


 これだけ踊ったら、もう眠れるかしら。


 二階の廊下でイギリスと並んで、舞踏会の会場を見下ろす。二階といっても、ダラム卿が行ってはいけないと言っていた場所ではない。ここはいたって普通の休憩場所だった。みんな、そこらで飲み物を飲んだり、お喋りをしたりしている。


 イギリスが言った。


「そろそろ帰るか?」


「うん、そうですね。いっぱい、踊りましたし」


 そう言いながら、ふたりともその場から動かずに、階下を見下ろす。


 下では、まだ、人々が楽しそうに踊っている。くるり、くるり、まるで仕掛けものみたいに、人々が踊る。


「アミアンが心配していた」


 イギリスの言葉に、フランスは彼に向きなおって言った。


「やっぱり、アミアンに言われて、来て下さったんですね。ダラム卿も」


「ああ」


「ご迷惑をおかけしました」


「気にするな。気晴らしになった」


「わたしは、気晴らしどころか、とっても楽しかったです」


「わたしも……」


 イギリスが、そこまで言って口を閉じた。


 わたしも……。


 その先は、何かしら。

 もしや、そのまま続ければ、楽しかった、と言ってくれたのだろうか。


 楽しい。


 そう認めてしまえば……、つらくなるのかしら。楽しいと感じてほしいけれど。それすら、残酷なことになってしまうのかもしれない。


 誰もかれもが、彼をおいてゆくから?


 不死の苦しみは、フランスには分からない。彼の悲しみに寄り添いたくても、寄り添うこと自体が、苦しみを与えるのかもしれない。


 イギリスの、普段は人好きのする様子を見ると、一層つらく思えた。


 フランスは視線を階下にもどして、気まずくならないように、急いで言った。


「アミアンに感謝しなくちゃ、ですね。たくさん踊って、すっかりいい感じに疲れました。今日は、ぐっすり眠れそうです」


「アミアンは、きみが最近外にも出られないことを心配していた」


 最近は、良くないうわさのせいで、外出するのにもかなり気をつかう。隠れるようにして外に出て、帰って来る。


「わたしより、教会のみんなが心配ですよ。とても気をつかってくれているから」


 イギリスが、しばし間をおいて言った。


「つらくなったら言え」


 フランスは、舞踏会場を見下ろしていた視線を、イギリスに向けた。彼も、同じように会場を見下ろしていた視線を、フランスに合わせる。


 イギリスが、やさしい声で言う。


「居酒屋につれていくくらいの金ならある」


 フランスは笑った。

 なんだか気分が軽くなる。


 帝国の皇帝なのに、居酒屋につれていくくらいの金はある、なのね。


「じゃあ、つらくなったら、黒イチゴ酒を、たくさん飲みたいです」


「二杯までならな」


「ケチ」


「とんでもない酒癖でからんで、わたしをいじめるつもりだな」


 また、笑ってしまう。


 なんで、面白いことばっかり言うのよ。


 フランスは、ふざけて言った。


「わたし、あなたのこと、いじめるのが好きみたい」


 イギリスが信じられないというふうに、ひとつ息をはいて言った。


「ありがとう、とでも言うと思ったか」


「あら、言わないんです?」


「なんだと」


「美味しい焼き菓子、いっぱい作りますね」


「ありがとう」


 フランスは、大きく口をひらいて笑った。

 ひさしぶりに、思いっきり笑ったかもしれない。


 陛下って、もしかして、とんでもなく冗談好きなタイプかもしれない。


 イギリスも、面白がっていそうな声で言う。


「バカみたいに笑った顔もかわいい」


「バカみたいに気取った無表情もかっこいいです」


 イギリスがフランスの腕を押す。

 フランスも同じように押し返した。


 そうやって、バカみたいなことばっかり言い合いながら、行こう、とも言わず、なんとなくふたりとも会場の外に足をむける。


 イギリスが腕を差し出して、フランスがその腕に手をのせる。


 もうすっかり、親しみ深くなったからか、それはとっても自然なことのように行われる。


 もしかして——。


 もしかして、いじわるを言ったり、バカみたいなことを言ったりして、笑わせてくれようとしたのだろうか。


 なんだか、今日ずっとふさいでいた気持ちが、ずいぶん軽くなった。

 思いっきり笑ったからかもしれない。


 舞踏会の会場を出て、門前の庭園広場にゆくと、使用人や御者だろう人の姿がたくさんあった。みんな、主人の帰りを待ち構えている者たちだ。


 フランスはすぐに目当ての姿を見つけた。


 門の近くで、シトーが待ってくれている。


 背が高いから、すぐに見つけられるわ。

 もう、来てくれていたのね。


 待たせちゃったかしら。


 フランスは、イギリスに向かい合って言った。


「シトーが迎えに来てくれているので、ここまでで大丈夫です」


「ああ」


 フランスはあらためてイギリスの姿を見た。


 いつもより、華やかな姿。

 皇帝らしい装いでもなく、貴公子くらいの雰囲気がある。


 とっても、かっこいい。


「いつもの気負わない装いも好きですが、今日の装いはとってもお似合いで素敵です」


 フランスがそう言うと、イギリスが気分の良さそうな素振りをした。


 かわいい。


 フランスは心をこめて言った。


「ありがとうございました」


 ほんとうに。


「なにもかも」


 イギリスが、姿勢を良くして言った。


「美しいあなたと過ごせて光栄でした」


 お互いに礼儀正しく礼をする。


 フランスはイギリスに、にっこりと笑顔を向けてから、シトーのもとに走った。





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