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第108話 女たらしなひととき

 フランスは、しっかりと仮面をつけて、舞踏会の会場のはしのほうにいた。


 わあ、久しぶりね、この感じ。

 仮面舞踏会って、最高だわ。


 踊るだけなら、こんなに素敵な会ってないわよね。


 相手のことを、全く気にしなくていいもの。


 フランスは、まずはその場の雰囲気を楽しもうと、ゆっくりと歩いてみた。


 仮面舞踏会は複数の領主たちが集まって開催している。定期的なお遊びのようなものだ。貴族たちには、こういった息抜きの社交も必要らしい。


 ちょっと、いけない遊びのような雰囲気もあるが、踊りに来るだけなら、仮面舞踏会ほど都合のよいものはない。招待状さえ持っていれば、身分を明かす必要もなく、主催者に挨拶する必要もない。


 好きな時間に来て、好きな時間に帰ればいい。


 すこし暗めにおさえられた照明に、人々のざわめき。グラスやシャンデリアが光をあやしく反射している。


 みんな、それぞれに着飾って、様々な仮面を身につけている。


 複数の広間が連なる会場を、そぞろ歩いていると、ふと見慣れた姿を見た気がして、フランスは足をとめた。


 ん?


 え、まさか、ちがうわよね?


 仮面をつけているけれど、あの背格好……。

 あの髪型……。


 いつも見る姿より、華やかで、舞踏会にふさわしい装いをしている。


 ……。


 陛下?


 ただの、背格好が似ている人かしら?


 まだ遠くにいる、イギリスっぽい人物が、フランスの方を見た。見たと思ったら、こちらに向かってくる。


 え、ほんとに、陛下なの?


 フランスが戸惑っていると、近くで声をかけられた。


「美しいかた、わたしと踊っていただけますか?」


 聞き覚えのある声。


 フランスは、驚いて声のしたほうを見た。


 これって。


 フランスが何か言う暇もなく、声をかけてきた人物はフランスの手をとって、会場の中ほどへと進んだ。


 たくさんの人の間を、じぐざぐと、まるで後ろのイギリスっぽい人から逃げるみたいに、速足ですすむ。


 フランスは、必死でついていった。


 しばらくすると、手をひいていた人物がふりむいて、いたずらな声で言った。


「しっかり、まけましたね」


 フランスは、後ろをふりむいた。

 イギリスらしき人物の姿は見えない。


 フランスは、自分の手をしっかりと握りしめて立っている、仮面の男に向かって言った。


「びっくりしました、ダラム卿」


「おや、ばれてしまいました」


 フランスは笑った。


 仮面舞踏会といっても、ダラム卿がつけている仮面は眼元だけを隠すものだ。よく見る人間なら、誰かは分かる。


 ダラム卿がいるということは……。


 フランスは声を落として聞いた。


「さっきのって、やっぱり、陛下なんです?」


 ダラム卿は、すっとぼけた声で「さあ」と言った。


 そう言った後、握っているフランスの手を、彼の胸元にもっていって、大げさに悲しい感じで言う。


「あなたは、ひどい方ですね」


「えっ」


「うつくしいあなたに心奪われて、ひととき、あなたと踊る栄誉を与えていただこうと懇願するわたしの前で、他の男のことを気にするなんて」


 つれない女だと言うような内容なのに、途中からダラム卿があんまり楽しそうに言うものだから、フランスは笑ってしまった。


 くすくす笑いながら、フランスもふざけて言った。


「では、他の殿方のことなど、忘れさせてくださいます?」


 ダラム卿が、大きく息をすっておおげさな雰囲気で言った。


「ああ、罪つくりなかたですね。そのように言われて、あなたのもとに跪かない男などいるでしょうか」


 フランスも、わざとつんとした雰囲気をだして言った。


「たくさんの殿方に跪かれても嬉しくはありません。たったひとり、忘れられないひとときを、素敵なかたとすごしたいのです」


 ダラム卿が上機嫌の声で言う。


「忘れられないひとときを、あなたに捧げます」


 フランスも上機嫌の声でかえした。


「まあ、自信がおありなんですね」


「ええ、あなたにこの手をにぎり返していただけるのなら、どんなことでもする自信があります」


 フランスは、おかしくなって笑った。ダラム卿もおかしそうに笑う。


 とことん、女たらしだわ。

 おかしい。


 次の音楽がはじまる。


 ダラム卿が、うやうやしく礼をしてフランスを踊りに誘う。


 フランスも、令嬢たちのように礼をして、ダラム卿のエスコートに身をまかせた。


 まあ、想像通り、素敵にお上手だわ。


 フランスは、久しぶりの舞踏会を堪能した。煌びやかな、衣装たちが行き交う。くるりとやるたび、シャンデリアのきらめきが、目の中に散りばめられる。


 素敵ね。


 音楽が終わると、フランスもダラム卿も、向き合って、礼をした。


 ダラム卿が、会場のはしまでフランスをエスコートして言う。


「さて、あなたを独り占めしたい気持ちはバベルの塔ほど高くあるのですが、それでは、他の殿方に恨まれてしまいます」


 くすくす笑うフランスに、ダラム卿が顔をよせて、舞踏会の会場の二階を指して言った。


「いいですか、あそこに誘う男はいけない男です」


「何があるんです?」


「いくつかの休憩室が用意されていますが、いけない男がつかう場所なので、近寄ってはいけません」


「ふうん」


 ダラム卿が、ひそひそ声で言う。


「近寄ったら、アミアンに怒られますよ」


 そうなのね。

 知らなかった。


 フランスは素直に返事をした。


「はい」


 ダラム卿が名残惜しそうに言う。


「あなたは愛らしすぎますね。キスしたいほどです」


 フランスは笑顔で頬を差し出した。


 ダラム卿が、そっとフランスの頬にキスをする。してから、すこし顔をしかめて言った。


「その仕草は、愛らしすぎるので、わたしの前でだけすると約束してください」


 フランスは笑って頷いた。




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 おまけ 他意はない豆知識

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【バベルの塔】

旧約聖書おなじみのネタ。

神「あの塔まじで天まで届きそうやな。せや、言葉ばらばらにして、中止させたろ」



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