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第107話 いざ、仮面舞踏会!

 フランスは、自分の私室にある鏡台をのぞき込んだ。


 急ごしらえとはいえ、立派に着飾った自分がそこにいる。

 しかも、今日は悪女らしくない。


 流行りのドレス、かわいい。


 ダラム卿が仕立ててくれた、あのドレスを着た。もちろん、乳母陛下の言いつけで追加された部分は、外した。


 フランスは、ちいさくまとめられた髪に手をやって言った。


「短いと、やっぱりちょっとバランスが悪いかしら」


 アミアンが、持ってきていたかごをフランスの前におく。

 布がかけてある。


 フランスは、それを見て言った。


「これは?」


「午後に摘んでおいたんです」


 そう言って、アミアンが布をどけると、そこには可愛らしい花が、いくつかあった。


「かわいい」


「これをいくらかつけておけば、短いのもあまり気になりませんよ」


「素敵ね。ありがとう、アミアン」


 アミアンが摘んだ花は、いつも長く綺麗に咲く。

 花を切るのも、上手いのよね。


 アミアンが、器用にフランスの髪をかざりつける。


 マントを羽織り、馬車へ急ぐ。

 ふたりで、質素な馬車に乗り込んだ。


 フランスは、となりに座ったアミアンの手をにぎって言った。


「やっぱり、ひとりで行くのはちょっと」


「寂しいんですか?」


「それも、あるけれど……」


 フランスにとって、父親の命日であり、故郷を追われた日である今日は……、アミアンにとっても、同じだ。


 フランスは、アミアンの瞳を見つめて言った。


「今日はアミアンにとっても、つらい日じゃない」


「わたしにとっては、お嬢様がおつらい顔をされているほうが、つらいんです」


 フランスは、甘えるみたいにして、そっとアミアンの肩に頭をよせた。花がつぶれないように気をつかいながら。


「わたし、アミアンに甘えてばっかりだわ」


「甘えてください。そうじゃなきゃ、寂しくなっちゃいますよ」


「わたし、アミアンにも、もっと甘えて欲しいわ」


「甘えていますよ」


「うそ、甘やかしてばっかりじゃない」


 アミアンが笑う。


「お嬢様は、いつもわたしを守ってくださるじゃないですか」


 そうかしら。


「教会の権力をふりかざして?」


 フランスがそう聞くと、アミアンが、フランスの額に頬をくっつけるみたいにして言う。


「お嬢様は、権力なんかなくても守ってくださったじゃないですか。教会に買い取られる時に、大暴れしてくださいました」


 フランスは笑った。


「なつかしいわね」


 アミアンが、幼いころのフランスを真似てか、すこし舌ったらずな、でも、強気な感じで言った。


「アミアンも一緒に連れていけないなら、教会になんて行かないわ! 無理に引き離すっていうなら、ここで今すぐ死んでやる! 聖なる力なんて葬りさってやるからね! わたしは本気よ!」


 そんな感じだったかしら。


「で、近くにあった石の壁に思いっきり頭突きして、頭から血をながして、さらに凄んでいました」


 そうだった。


 フランスは、思い出しながら言った。


「あのとき、まったく痛くなかったのよね。必死だと痛みまで、わかんなくなっちゃうのかしら。不思議ね」


「正直、おそろしい形相でしたよ。でも、かわいかったです」


 かわいいわけないのに。


 フランスは、くすくす笑った。


「アミアン、大好き」


 フランスが甘えて頬を押し付けるようにすると、アミアンも、同じように頬をフランスにぎゅっとくっつけた。


「お嬢様、かわいい、かわいい。大好き!」


 フランスは、いつもこの日になると思い出すけれど、ずっとアミアンに聞けないでいることがあった。


 あの日。

 アキテーヌの城に帝国軍が押し寄せたあの日。


 アミアンの母親がどうなったのか。

 どうやっても思い出せない。


 この日の記憶は曖昧だ。ショックを受けたせいかもしれない。


 城から逃げるために、アミアンと、アミアンの母親と、三人で、城の裏にある庭園を急いでどこかへ向かおうとしていた気がする。まだ、明るい時間だった。午前中だったような気もする。


 なのに、そこで記憶が途切れる。


 その後、急に記憶は、別の場所に移動する。


 自室だった。

 アキテーヌの城の、フランスの部屋。


 アミアンと、部屋のはしっこで抱き合いながら、震えていた。


 身体の大きなおそろしい様子の騎士が扉をあけ、叫ぶ。


「ここに、いるぞ!」


 その時、そばにアミアンの母親はいなかった。


 何度も、思い出そうとするのに、思い出せない。

 聞けば、アミアンは覚えているのかもしれない。



 でも。



 それが、もし、残酷な場面だったら——。


 記憶から消し去ってしまうほど、おそろしい時間を忘れているとしたら。


 フランスは、どうしても、聞けなかった。


 今日は、アミアンが母親を失った日でもあるはずだ。

 アミアンだって、つらいはず。


 彼女の心によりそって、なぐさめたい。


 でも、どうしても——。


 どうしても、この日だけは、そうすることが難しい。


 そうするほどの余裕が、心にない。

 もう、ずいぶん経つのに、いまだに、あの日のことがおそろしい。


 仕事で忙しくして、まぎらわせても、いつもこの日だけは、眠りにつくことが難しかった。


 せっかく、アミアンとシトーがくれた時間だ。


 舞踏会で、疲れ果てて、そうして、眠り、はやく明日をむかえたい。



 そうすれば、きっと明日には、いつもの自分に戻れる。



 フランスは、アミアンの肩にもたれかかって、目を瞑った。






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