表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/180

第106話 いつまでも忘れられない日

 フランスは、ピュイ山脈で正午にイギリスと入れかわり、聖女の姿に戻った。天幕にこっそり置いておいたハンカチを手に、イギリスのもとに行く。


 イギリスが、告解室のようなものの近くで、いつものように言った。


「用意はいいか?」


「陛下、教会に戻る前にお渡ししたいものがあるんです」


「なんだ」


 フランスは見えないようにうらっ返していた、刺繍の部分を表にした。


 イギリスが驚いた表情で、フランスの手にあるものを見る。


 ちゃんと、言葉にしないと。

 メゾンとカーヴみたいに、双子ですら、きちんと思いをつたえないと、人って分かり合えない。


 フランスは、イギリスの瞳を見つめて言った。


「陛下、いつもありがとうございます。いつも、良くしてくださって、いただいてばかりで……。これがお返しというには、かなり頼りないのですが、心をこめて作りました」

 

 イギリスは、じっと聞いている。


「カヌレを買って下さったことも、その思いやりも、わたしにとっては得がたい喜びです。それに、教会の食糧庫をいっぱいにしてくださったことも、すごく素敵で、嬉しかったんです。あと、居酒屋も、陛下と一緒に行くのが、とても楽しくて好きです。……ほかにも、馬車酔いがひどいときも、月のものでつらいときも、良くしてくださって……、陛下といると心がやすらぎます」


 フランスは、両手でイギリスにハンカチを差し出して、言った。


「いつも、心から感謝しています。これを、もらって、下さいますか?」


 明るい場所で見ると、てんで不出来な刺繍だった。大きなカヌレのとなりに、ちょこんと座るネコの刺繍。


 やっぱり、変だし、下手すぎるかも。


 ちょっと恥ずかしくなる。


 イギリスが、まるで大切なものを受け取るみたいに、両手で受け取った。


 彼は、刺繍を見てから、フランスに目を合わせ、真剣な顔で言う。


「光栄です」


 まあ。

 またね。


 こういうときは、まるで騎士がご令嬢にするみたいに、するんだわ。


 フランスは、イギリスが教国に来た日、丁寧な態度で『ゆるしてくださいますか』と言った時のことを思い出した。


 イギリスの、紳士らしい丁寧な態度を、フランスは好ましく思った。


「あなたの心づかいに感謝いたします」


 イギリスがそう言って、うやうやしく礼をする。


 フランスが、微笑むと、イギリスも同じように微笑んで言った。


「わたしも、きみに感謝している」


「わたし、いただいてばかりですよ?」


「焼き菓子がうまい」


「まあ、ではまた焼きますね」


「楽しみだな」


「お肉の方がお好きかと思っていました」


「選びがたい」


 フランスは笑った。


「じゃあ、朝ごはんが焼き菓子で、お昼ごはんはお肉ですね」


「うん、いいな」


 やさしい雰囲気だったのに、イギリスが急にいじわるな顔をして言った。


「それに、きみといると飽きない。ずいぶん、まともな様子だからな」


 なんですってぇぇ。

 息をするように皮肉を言うのは、相変わらずね!


 フランスも、しっかり皮肉っぽい顔をつくり上げて、返した。


「陛下の讃美歌ほどではありませんよ。とっても、まともな歌いっぷりですもの」


「悪魔に心を売り渡す聖女もいるらしいからな。本当に、きみが、まともで助かるよ」


 フランスは、目を細くして言った。


「皮肉ばっかり言ってると、爆発するわよ」


 イギリスが吹き出した。


 もう、この爆発って言葉が、ツボなのね。

 もう一回、言ってやる。


「爆発」


「やめろ、それを言うな」




     *




 フランスは午後に、ひとりで執務室を片付けながら、手紙の整理をしていた。イギリスは、帝国での仕事があるらしく、赤い竜の姿で飛んでいった。


 フランスは手紙をひとつずつ確認して、不要な手紙を、選別してゆく。


 ひとつの手紙に目がとまる。


 あら、今日ね。

 いいな。


 でも、今はそんなことしている場合じゃないもの。


 フランスは、手紙を処分するようの箱に放り込んだ。


 そのあとも、次々と手紙を仕分けていく。集中してすると、あっという間に終わってしまった。


 フランスは、腕まくりをして、思いっきり息を吸い込んだ。


 さあ、今日は、じゃんじゃん働くわよ!

 休む間もないほどにね!


 忙しく動き回っていれば、時間はあっという間にすぎてゆく。


 今日という日は、いつもよりも早くすぎるほど、ありがたいわ。

 時間があると、思い出してしまうもの。


 アキテーヌを。


 フランスは、その後、せわしなく立ち働き、夕食もかきこむように食べて、礼拝堂の手入れをしていた。


 日暮れ前の礼拝堂には、誰もいない。しんとする中で、フランスは、あちこち磨き上げていた。


 すると、アミアンとシトーがそこに来た。


 フランスは笑顔と、元気な声で言った。


「あら、どうしたの、二人とも? もう片付けも終わったなら休んでね。わたしも、ここだけ片付けちゃったら休むから!」


「お嬢様、これ」


 そう言って、アミアンが差し出したのは手紙だった。


「何の手紙?」


「これ、今日の舞踏会の招待状ですよね。処分する箱に入っていたのを、見つけてしまって」


「ああ、うん。でも、それって、教会の社交に必要な舞踏会じゃないから」


「でも、お嬢様の好きな、仮面舞踏会です」


「うーん、まあ、そうだけど、最近忙しいし、いいのよ。また、別の機会に行けるわ。それに、もうすぐ陛下と行く舞踏会もあるじゃない」


 アミアンが、心配そうな顔で言った。


「今日は、ずっと、無理をされてます」


「……」


 アミアンが近くに来て、フランスの両腕をそっと、なぐさめるようになでて言う。


「必用以上に忙しくして、思い出さないようにされているんですよね。今日は、お父様の命日です」


 フランスは、不自然に見えないように、気楽な感じで肩をすくめて言った。


「うん。そうね。あとで、礼拝堂の片付けが終わったら、ひとりでお祈りしようと思っていたの」


「さっきも、ずっとお祈りされていました」


 見てたのね。


 フランスは、さっきよりも明るい声で言った。


「何度してもいいでしょ、命日だしね」


 フランスが明るくするほど、アミアンの表情が沈む。


 アミアンったら、過保護なんだから。

 甘えたくなっちゃうでしょ。


 アミアンが、フランスの頬にそっと手をあてて、優しい顔で言う。


「すこしだけ、踊ってくるというのはどうでしょう」


「でも……」


「お嬢様が、お眠りになれるくらい、ほんのすこし疲れるまででいいんです。いつも、この日は眠れないじゃないですか」


「……」


「わたしがお送りして、シトー助祭が迎えにいきますから」


 フランスは泣きそうになって言った。


「でも、ふたりとも忙しいのに……」


「わたしたちがそうしたいんです」


 アミアンの言葉にシトーがうなずく。


 ふたりとも……。


 フランスは二人の優しい気持ちにたまらなくなって、右手でアミアンの首に抱きつき、左手でシトーを呼び寄せて服をつかんだ。


 情けない涙声が出る。


「ふたりとも、大好き」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ