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第104話 聖女の、悪魔信仰タイム

 フランスは、おそれるような表情のまま腕をつかまれて大人しくしているイギリスを見下ろして考えた。


 そんなに、楽しいんだ。

 男女の営み。


 いいな。


 だから、みんな、聖女にそういうことを教えないのね。


 フランスは思わず言った。


「いいなあ。みんな、そんな楽しいことしてたなんて……」


「……」


 でも、おかしいわね。


「なぜ、そんな楽しいことを、言いずらそうにするんです?」


 フランスはイギリスをじーっと見つめた。


 イギリスがしばらく考えるようにしてから、言った。


「男女のことは、そのふたりにとって大切なことだ。町中を裸で歩き回るみたいに、大声で言って回るのははしたない」


「ああ、なるほど! たしかに、そうですね」


「もういいだろう。離せ」


 フランスは離そうと思ったが、ふと気になって、つかんでいるイギリスの二の腕のあたりを、もにもにしてみた。


 やわらかい。


 いい。


 イギリスが、フランスを睨みながら言った。


「なにしてる」


「別に。ちょっとどんな感じか確かめただけです」


 そう言ってから、ちょっと視線を下にうつすと、やわらかそうなふくらみが目に入る。


 なんとなく、その柔らかさが気になる。

 どんな感じで、柔らかいのか。


 気になる。


 イギリスが、フランスを睨みながら言った。


「変なところをじろじろと見るな」


「変なところじゃないです。胸を見てるんです。陛下、ちょっと触ってみてもいいですか?」


「だめだ! いいから、もう離せ!」


「いいじゃないですか。わたしの胸なんだし。ちょっと、どんなかんじの柔らかさだったか確かめるだけです」


「確かめるな!」


「そんな、痛くしたりしないですから。ちょっと、なでるだけです」


 イギリスが、ひときわ大きな声で、刻むように言う。


「いいか! 今すぐ! 離れろ!」


 そう言って、フランスの腕の中で暴れるみたいにした。


 けっこう必死で動いていそうだが、こちらの腕はびくともしない。


 なんだろう。

 なに、この感じ。


 なんだか、ちょっと……。


 フランスは、イギリスの様子をじーっと見てから、言った。


「陛下、あまり暴れないでください。なんだか、興奮します。その感じ」


 しかもなんだか、股のあたりがきつくなった気がする。


 イギリスがぴたっと動きを止めた後、つめたく怒るような顔で言った。


「本当に、怒るからな。今すぐ離れろ」


 フランスは、しぶしぶ、イギリスの腕を離して、二歩下がった。


 イギリスが、さらに冷たく厳しい顔で言う。


「執務机の向こうまで、下がれ」


「そんなに遠くまで下がる必要があります?」


 イギリスが叱るような声で言った。


「下がれ!」


 フランスは、しかたなく執務机の向こうまで下がって、立った。


「陛下……、なんだか寂しいので、ちょっとだけぎゅっとさせてください」


 イギリスが、きびしい顔のまま、おどしつけるようにして言う。


「そこから絶対に動くな。きみは、今……」


「わたしは、今?」


「何かに支配されているから」


「えっ」


 支配⁉

 何に⁉


 こわい、こわい!


 フランスは、思わず、執務机から離れてイギリスのもとに行こうとした。


 イギリスのするどい声がとぶ。


「動くな!」


「だって、怖いです! 何に支配されてるんですか! 悪魔信仰か、なにか⁉」


 イギリスが、思わずといった感じで吹き出した。すぐに、咳ばらいをして、真面目な顔にもどして言う。


「そうだ。悪魔みたいなものに支配されているから、その状態で女という女に近づくな」


「でも」


「話しかけるな」


「……」


「見もするな」


 フランスは、不満を爆発させて言った。


「ひどいです! そんなことできるわけないのに! 今すぐ胸をさわらせてくれたら平気になります! なんだか、そんな気がしてきました!」


「やめろ! 叙任前の騎士みたいに慎みをなくすな!」


 叙任前の騎士ってこんな感じなの。


 フランスは、こわいような、いらいらするような気持で言った。


「どうしたら、このおかしな気持ちがなくなるんですか!」


 イギリスがため息をついて言った。


「座れ」


「はい」


 フランスは執務机に向かってイスに座った。

 座って、イギリスの胸のあたりを見る。


 イギリスが、さらに大きなため息をついてから言った。


「なにか、関係ないことを考えろ」


「関係ないこと? たとえば?」


「……綺麗な景色とか」


「それは、今はほしくありません」


「いいから、考えろ! あと、胸を見るな!」


 いいじゃない、見るくらい。


 フランスはむくれた。

 むくれながら、思い出す。


 綺麗な景色……。


 いつも竜に運ばれてゆくピュイ山脈の、湖と空を思い出す。新鮮な空気。清涼な風。みずみずしい樹々の香り。


 ——あら。


 しばらくすると、股のあたりのきついのが、すこしおさまってくる。


 ふと。


 ちょっと前に身体が入れかわっている時に、イギリスの尻をさわったことを思い出した。やわらかな……、尻。


 また、股のあたりが、きつくなる。


 だめだめ。

 綺麗な景色よ。


 すみわたる、うつくしい、ピュイ山脈の、得がたい水……。


 フランスは深呼吸した。



 完全に、おさまった。



 フランスはちょっと疲れて言った。


「男の人って、いつもこんな感じなんです?」


 イギリスがすかさず言った。


「ちがう」


「じゃあ、たまにこういう感じなんです?」


「……」


 そうなんだ。

 たまに、こういう感じなんだ。


 たまに、悪魔に支配されるのね。


 これは、危険だわ。


 フランスは、いやね、という目をイギリスに向けた。


 イギリスが疲れた感じで言う。


「そんな目で見るな」


 アミアンの言う通り、男は危険だわ。


 え。


 そう考えると修道士ってすごいわ。

 いつも、こんな悪魔とたたかってるの?



 ……。



 シトーも⁉



 エーッ‼





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