第100話 癒しの力と、呪い
夕食も終わって、暗くなってから、またしてもフランスとアミアンは、イギリスの天幕にいた。
ダラム卿もいる。
ダラム卿が、フランスの髪を見て、すこし驚いた様子で言った。
「髪を切られたのですね。あなたの美しく長い髪も素敵でしたが、そちらも素敵です」
フランスはアミアンが整えてくれた毛先に手をやって、笑顔を返しておいた。
アミアンが上手に切ってくれたおかげね。
アミアンが、イギリスとダラム卿に、昼間にあった出来事をかいつまんで説明してくれる。
イギリスが、納得したように言った。
「そういうことだったのか」
ダラム卿が、心配そうな顔で、フランスに向かって言った。
「フランス、まさか無理はしていないでしょうね」
「ええ、別に……」
「あなたのしもべ、ダラムの目をようく見て、仰ってください」
ダラム卿が、フランスの両手を取って、間近に迫る。
アミアンがとなりで感心するように「おお」と言った。
ダラム卿が、フランスの顔をじっと見つめて言う。
「ほんとうに、すこしも、髪を切ったことを、残念に思ったりしていないのですか? 正直に」
「あ~、まあ、すこしは、せっかく伸ばしたのに、という気持ちは……、ある、かも……」
フランスがそう言うと、ダラム卿が手をにぎったまま、勢いよくフランスの目の間にひざまずき言う。
「どうか、このわたくしに、あなたの美しい声でお命じ下さい。世界中から、あなたにぴったりのつけ髪を集めてまいります」
フランスは思わず笑った。
「ダラム卿のおかげで、残念な気持ちも吹き飛びました。つけ髪をたくさんいただいても、つけてゆく場所はあまりないので、お気持ちだけいただきますね」
ダラム卿が、笑顔で言う。
「では、あなたが、つけ髪をつけて遊べる、素敵な邸宅からご用意しましょうか」
「まあ」
とんでもないお金持ちのダラム卿が言うと、冗談かどうか分からない感じがするけれど、その気持ちが嬉しかった。
「そうしたら、わたしは、ダラム卿に何もお返しできなくて、困ってしまいます」
「あなたに微笑んでいただきたいのです」
フランスはくすくす笑って、ダラム卿の手をにぎり返して言った。
「帝国でいただいた手紙が、とても嬉しかったんです。一番、嬉しいです。あなたの、思いやりが。いつも、ありがとうございます」
ダラム卿が立ち上がって、感動した様子で、フランスのほほにキスをしようとしたところで、イギリスが間に割って入って邪魔をした。
アミアンが、また、感心したように「おお」と言う。
ダラム卿が、イギリスに向かって文句を言った。
「陛下、邪魔しないでください。いつも、陛下ばっかり、フランスとアミアンと遊んでずるいです」
イギリスが不愛想な顔で返す。
「遊んでいない」
アミアンが言った。
「何か、お話をするために集まったんじゃありませんでしたか?」
ダラム卿があっけらかんと言う。
「そうでした。陛下が鶴と亀の居場所らしき所を見つけて下さったので、どうするか話し合おうと思っていたんです」
「まあ、もう見つけたんですね。すごい」
フランスがそう言うと、イギリスが、得意そうな顔をした。
「やはり、竜の姿でしか行けないような場所ですか?」
「ああ、いまは誰も住んでいる場所ではないようだ。あたりをつけた場所の周囲を調べたが、残っている遺跡のようなものはひとつだけだった。ほかは全て道もない森に囲まれている」
冒険ね。
わくわくしちゃう。
アミアンが、すこし心配そうな顔で言う。
「では、やはりお嬢様と陛下で行くしかなさそうでしょうか」
イギリスがうなずいて答える。
「そうだな。人数が増えれば、竜の姿でとっさに飛び立つのはむずかしくなる」
「危険ではないですか?」
アミアンの心配そうな様子に、イギリスが向き合って答える。
「すこし調べてみたが、あの場所に何かが住んでいるとは思えない。何の気配もしなかった。ただの古い石造の神殿のようなものがあるだけだ」
フランスはわくわくして言った。
「夜明けの晩に、何かが見えるとか」
ダラム卿が頷いて言う。
「そういう可能性はあるかもしれませんね」
イギリスが、アミアンに向かって言う。
「危険を感じたら、すぐに飛び去ればいい。あとは、聖女が飛べるようになれば、調べに行ってみてもいいだろう」
フランスは、自信満々に言った。
「もう飛べます」
「鳩の姿ならな」
「同じですよ」
フランスの自信たっぷりの言葉に、イギリスが疑うような顔をして言った。
「一度、竜の姿で飛べるか確認してからだ」
まあ、そうよね。
でも……。
フランスは、すこし考えてから、イギリスに向かって言った。
「すぐにでも、竜の姿で飛ぶ練習に行きたいところ、ですけど……」
「都合が悪いのか?」
「今日の昼間も騒ぎがあって、仕事がたまっているので、明日は教会にいたいんです」
「では、明日の朝は蝙蝠の姿で練習しておけ」
「楽しそうですね」
フランスが、わくわくしながら言うと、イギリスがやれやれという顔をした。
ダラム卿が、短くなったフランスの髪を見ながら、そういえば、という顔で言った。
「聖女の癒しの力で、失われた髪が、ふたたびはえる可能性もあるのですよね?」
フランスは、オランジュの失われた髪のことを思いながら、答えた。
「もしかしたら、生えてくる、かもしれません。でも、癒しの力は万能ではないんです。その人自身に回復する力が必要です。けがをした者が、あまりに損傷が激しい場合や、病にかかったものが、もうほとんど体力ものこっていないという場合は、効かないんです」
「なるほど……」
ダラム卿はすこし考えてから言った。
「呪いには、癒しの力は効かないんでしょうか?」




