V 話は聞かせてもらった
V 話は聞かせてもらった
「それは、何か勘違いされているような」
「そうですよ、お父さま。この段になって、何を言い出すんです」
――国王と王妃が、外遊先から帰ってきた。二人は並んで玉座に座り、サーラとニッシは、その前に三歩ほど離れて立っている。私とシエルは、仲良く長椅子に座り、四人の様子を見守っている。隣国と協調関係が結べて安心したという話もそこそこに、国王は譲位宣言を撤回し、男爵であるニッシと娘の結婚を認めると言い出した。それを聞いたニッシとサーラは、あまりに虫のいい話であると思ったのか、素直に受け容れようとしていない。
「話は、かの真面目な薬草学者であるヌーボから聞いたんだ。間違いない。サーラは、グレイよりニッシに気があるのであろう。それに、ニッシ。君とて、満更ではあるまい」
背凭れの高い椅子に座っている国王は、立派に蓄えられた顎鬚を撫でながらニッシに向かって、よく通る声で言った。
――ヌーボというのは、きっとグレイのお父さんのことね。ちゃらんぽらんな息子と違って、真面目な人なんだ。堅物すぎて、嫌になっちゃのかな。
「お申し出は、もったいなきお言葉に存じます。しかし、国王陛下。公爵が男爵に嫁いだとあっては、陛下が世間から非難の的にされます」
ニッシの進言に続けて、サーラも苦言を呈する。
「そうです。公爵としての立場を弁えろと常々おっしゃってたのは、他でもない、お父さまではありませんか」
――無理もないか。耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできたのに、いきなり我慢しなくて良いって言われたら、今までの苦労は何だったんだと思うもの。
「それについては、すまないことをしたと思っている。二人の気持ちを知らなかったのだ。気付いてやれず、本当に申し訳ない」
――謝っちゃった。さぁ、どうする。
応接間が森閑としたところで、王妃がシエルに優しく声を掛ける。
「ねぇ、シエル。お兄さんにするなら、ニッシとグレイ、どっちが良いかしら」
「それは、ニッシが良い」
まるでハンバーグよりオムレツが良いとでも言うような気軽さでシエルが無邪気に即答すると、王妃はニッシとサーラに向かって厳粛な面持ちで言う。
「王子が指名しているのです。それでも反論するつもりですか、サーラ、ニッシ」
有無を言わせぬ王妃の発言に、サーラとニッシは、お互いの顔を見合わせる。困惑する二人を尻目に、国王は高らかに朗々とした口調で宣言する。
「ここに、サーラ・エンリの第一王子としての任を解き、ニッシ・ヘルムとの婚姻を結ぶことを許可する。もう、議論の余地はあるまい。下がりなさい」
「はっ、陛下」
ニッシは敬礼すると、はにかみながらサーラに手を差し伸べた。サーラは、その手を握りつつ、頬を朱に染めながら恥ずかしそうにニッシに言う。
「これからは王子としてではなく王女として、そして……妻として、よろしく」
「あぁ。こちらこそ、よろしく頼む」
ガッチリと力強く握手を交わす二人を見て、国王は深く頷き、王妃は微笑む。
「しかし、そうなると、あと十年は長生きせんといかんな。ハッハッハ」
国王が大口を開けて快活に笑うと、王妃も嬉しそうに国王に向かって言う。
「平気でしょう。十年くらい、あっという間ですよ」
――ふぅ。丸く収まって良かった。
ヤヨイが内心でホッと安堵していると、シエルから問い掛けられる。
「ねぇねぇ、ヤヨイ。何でサーラがニッシとよろしくすると、ニッシが僕のお兄さんになるの」
――オーッと。最後に、その説明が残ってたか。はてさて、五歳児に理解できるだろうか。




