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チョコレートケーキ、できました?  作者: 倉永さな


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《四十九話》新しい友だち

 穏やかなゴールデンウィークが終わり、日常が戻ってきた。

 あたしはようやく色んなことに慣れてきた。通学に授業、アルバイトにと慌ただしかったけど、充実していた。

 橋内さんグループは相変わらずだったけど、キョウコさんが謝ってきたことでぎすぎすした空気はかなり和らいでいたからか、授業でよく顔を合わせる人たちとの距離が縮まって話すようになった。もう少しだけ積極的になって人見知りを改善しなきゃ。

 最近では朱里とだけではなく、仲良くなった子たちともお昼を食べるようになっていた。

 今日はカフェテラスの一角で、あたしと間宮さん、深見さんの三人で食べていた。

 あたしはお弁当で、間宮さんはカフェテラスのスパゲッティとサラダ、深見さんはご飯大盛りの日替わり定食。

 間宮さんとは在籍番号が近いということで話すようになった。深見さんとは気がついたら仲良くなっていた。

 あたしたち三人、タイプがまったく違う。

 間宮さんは強引なところがあって、深見さんは一見するとぶっきらぼうに見えるけど、人のことをよく見ていて考えてくれている人。

 あたしはさっさとお弁当を食べ終わり、片づけていた。間宮さんの手元にはまだ半分ほどスパゲッティが残っている。間宮さんはスパゲッティをもてあそびながら口を開いた。


「都さんってなにかサークルに入ってる?」

「え……ううん。あたし、不器用だからアルバイトだけで手一杯で……」


 穏やかだから忘れがちだけど、今、何事もなく生活できているのは色んな人の手を借りているから。

 見聞を広げるためにサークルにも入ってみたいという気持ちがないわけではない。だけどあたしのわがままでどれだけの人が動くのか。

 アルバイトをして、人が動くというのはお金が発生することだってことを知った。ボランティアではないのだから、人にしろ物にしろ、動かすとお金が掛かる。それはいわゆるコストと呼ばれるもので、意識しなくてはならないってことに気がついた。


「アルバイトってそんなに毎日、予定を入れてるの?」

「ううん。四時限目まで授業のある日は入れてないよ」


 それなら! と間宮さんは身体を乗り出してきたからあたしは反射的に後退した。


「四時限目が終わった後、サークル見学に来てよ!」


 まさかのお誘いにあたしは慌てて首を振った。


「ちょっとその、それは無理なの」

「えー、ちょっとだけじゃない」


 よく分からないけど、間宮さんはあたしにどうあってもサークルに来てほしいらしい。

 あたし一人の問題ならともかく、圭季に話をして、それから……といつもと違う動きをするときは事前準備などが必要。今日がちょうどその四時限目までの日に当たるから、この勢いだと無理矢理にでも連れて行かれてしまう。それはとってもまずい。

 間宮さんを納得させるにはなんと説明しようかと悩んでいたら、いつも困っているあたしをフォローしてくれる深見さんが口を開いた。


「間宮、都は嫌がってる」

「そんなことないわよ! 都さん、来てくれるよね?」


 間宮さんのごり押しにあたしは負けずに首を振った。


「ごめんね、授業が終わったらすぐに帰らないといけないの」


 あたしの返事に間宮さんは不機嫌な表情になった。

 あたしだって断りたくない。

 他の子たちと同じように遊びたい。

 それができないのは圭季とつき合っているから。

 薫子さんが今、どこにいるのかは分からないけど、彼女は手段を選ばずにあたしを亡き者にしようとしている。そんなことしたってほしいものは手に入らないのに。

 薫子さんの中には諦めるという言葉はどうやらないらしい。

 理不尽だって思う。

 こんな辛い思いをしてまで圭季とつき合うなんてと思わないでもない。

 だけどあたしには圭季しかいない。

 圭季の温もりを知ってしまったから、離れられない。

 それに圭季はあたしを必要としてくれている。

 だったら好きな人のために我慢しようって思う。


「都はお嬢だから」


 深見さんの言葉に水を吹き出しそうになった。危ない、危ない。


「なっ……! 違うわよっ!」


 あたしの否定の言葉に深見さんは小さくうなずいただけだった。真意が分からなくて小さく首を傾げた。


「間宮はとにかく、それをきちんと食べろ」


 いつものセリフにあたしは苦笑しつつ、深見さんをじっと見た。すると深見さんはあたしにだけ聞こえるくらいの音量でぼそりと呟いた。


「毎日、お迎えが来てるだろ」


 来てるけど。

 もしかしてそれがあたしがお嬢さまだという根拠?


「最近は見ないけど、前は高校の制服を着た男の子が迎えに来てた」


 那津のこと……?

 那津は目立っていたけど、あたしは地味だから目立ってないと思っていたのに。深見さん、侮れないわ。


「……見てた?」

「見てた。都と友だちになりたくて、きっかけを掴むためにずっと」

「へっ?」

「都からは甘くて美味しそうな匂いがしていたから、絶対に友だちになると決めていたんだ」


 え……っと。

 確かに深見さんとは気がついたら一緒にいて、話をしたりお昼を食べたりしていたけど。

 深見さんとの出会いってなんだったかな。

 しばらく悩んで、思い出した。朱里と都合がつかなくてカフェテラスの片隅で一人で食べていたとき、深見さんから声を掛けてきたんだった。

『わたしも一人だから一緒に食べてもいいか』って。

 激しく戸惑ったけど、断る理由もなかったから小さくうなずいたら隣に座ってきた。

 あの時もだけど、今も隣にいた。間宮さんはあたしの正面に座っている。


「食器を戻してくる」


 と間宮さんは空の食器を片付けにいった。その隙にと深見さんは質問をしてきた。


「都はお菓子は好きか?」

「うん、大好きだよ?」

「自分で作るほどお菓子が好きと」


 あたしはその問いに対してうなずくだけにした。


「それなら明日、作ったのを食べさせてほしい」


 深見さんの唐突な申し出に、瞬きをした。作って持ってくるのはいいけど……?


「アルバイトのない日は帰ってお菓子を作っているから予定は空いていないと言えばいい」

「あ……」


 まさしくそうなんだけど、どうして深見さんはそのことを知っているのだろうか。


「……当たり?」

「うん、そう。どうして分かったの?」


 不思議に思って聞くと、四時限目の次の日は甘い匂いが濃厚なんだとか。よく分からないけどものすごく嗅覚がいいらしい。


「それでっ」


 食べ終わり食器も片づけてきた間宮さんが戻って来るなり嬉々として聞いてきた。


「来てねっ!」


 それだけ言うと荷物を持って去っていこうとしたからあたしは慌てて口を開いた。


「授業が終わったら、家に帰ってお菓子を作ることにしてるのっ」

「……そんなの、今日じゃなくても」


 予想通りの返答にどう切り返そうかと悩んでいたら、深見さんがまたフォローを入れてくれた。


「間宮、悪いがわたしの方が先約だ」

「えーっ」

「それに、都のお菓子はプロ並みらしいぞ」


 それは言い過ぎと思ったから否定しようとしたら、間宮さんは目をきらきらとさせてあたしを見た。


「ほんとっ? ダイエットしていて甘いの控えてるんだけど、ダイエット中でも食べられるお菓子ってある?」


 ずいぶんの難しいことを言ってくれているけど、間宮さん分も作ってくると言えばサークル活動を見に行かなくて済むのならと必死に考えた。


「それは……難しいけど、カロリーを考えてなにかお菓子を作ってくるね」

「じゃあ、明日ね!」


 間宮さんはそれだけ言うと慌ただしく去っていった。

 明日、ということはあたしはどうやら見学に行かなくて済んだらしい。


「深見さん、ありがとう」


 彼女のおかげだからとお礼を言うと、


「お礼にはおよばない。とびっきり美味しいお菓子を頼む」


 というからあたしは笑顔で答えた。


「うん、分かった」


 あたしは二人分のお菓子を作ることになった。


【つづく】

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