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チョコレートケーキ、できました?  作者: 倉永さな


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《二十話》密かな決意

 リムジンに乗り込み、楓家へ。

 時間が早かったからか、梨奈はまだ部活中で帰ってきてないようだ。

 前に来たときと同じ応接室に通され、那津がいつものように紅茶を淹れてくれた。


「千代子さま、どうぞ」


 どうやら今は執事モードのようだ。普段ならそんな那津を見て苦笑するところなんだけど、今のあたしはそんな気分ではない。

 那津もすぐに察したようだけど、執事モードは解除しないようだ。もしかしたら昨日の出来事を聞かれても答えないための予防線なのかも。

 今はあたしの友だちである那津ではなく、圭季の補佐の那津という立ち位置だと無言で示しているのかもしれない。

 昨日、あたしをマンションの前で降ろしてからその後、那津は圭季からこの件に関しては口を噤むように言われたのだろう。そうでなければ那津が執事モードを維持している理由が見当たらない。

 昨日の那津はあたしの肩を持ってくれているような感じだったけど、那津にとってはあたしより圭季の方が優先なのだろう。

 あまり意識をしたことはないけど、圭季と那津は上下関係で言えば圭季が上なのだ。年齢もだけど、立場的にも。

 那津は圭季に逆らえない。

 那津は圭季を裏切らない。ううん、裏切れない。

 那津は梨奈との将来を考えたら、あたしを取るよりは圭季を取るに決まっている。

 そう考えたら、那津と友だちだと言ってもしょせんは友だちだし、親友にも、ましてや恋人なんて関係には絶対になれない。……那津と恋人になる気はさらさらないけど。

 那津は以前、あたしのことは親友だと言ってくれたけど……あたしだってそう思いたいけど、でもやっぱり、那津はあたしより圭季、なのだ。

 あたしが暗い表情でじっと紅茶を注がれたカップを見ていたからか、那津は大きく息を吐き出すと、どさりとあたしの正面のソファに座った。


「チョコちゃんがなにを考えているのか大体分かってる。別に圭季に口止めなんてされてないよ」


 執事モードはどうやら解除したようだ。那津は


「よっと」


 と言いながら勢いよく立ち上がると、さっきとはまったく違うがさつさでポットの中にお湯を入れ、ミルクをたっぷり入れた大きなマグカップに紅茶を入れた。


「されていたとしても、オレはチョコちゃんは昨日の騒動のことを知る権利があると思うし、説明もフォローもしなかった圭季はどうかと思うよ」


 那津はローテーブルにマグカップを置くと、再び正面のソファに腰を掛けた。

 ここのところ、那津はよく圭季のことを批判するような言葉を口にしているような気がするけどいいのかな……?


「梨奈が帰ってきてから説明した方が手間が省けるだろう? ただそれだけで、今は黙ってるだけだ」


 と言ってくれたけど、だけどもし仮にこの先、あたしと圭季が対立するようなことがあったら間違いなく那津は圭季につく。あたしについたってメリットどころかデメリットしかないもの。

 気持ちが沈んでいるせいもあり、ネガティブなことしか思い浮かばない。

 その前にあたしと圭季が対立するなんて、そんな日、来るはずがない。あり得ない。


「梨奈が焼いたクッキーでも食べてゆっくりしよう」


 那津はワゴンからかわいらしい箱を取りだし、蓋を開けてくれた。その中には綺麗なきつね色に焼けたクッキーが入っていた。


「夕飯前だから食べ過ぎるなよ」


 といいつつ那津は箱の中に手を入れるとクッキーを鷲掴みして、口の中に放り込んでいた。

 あたしはせっかくだけど食べる気にならなくて、そんな那津の手をぼんやりと見ていた。


 那津が淹れてくれた紅茶がカップからなくなったタイミングで梨奈が帰ってきたようだ。


「梨奈を迎えに行ってくる」


 というやいなや、那津は応接室を出て行った。あたしは一人、紅茶の入っていたカップをぼんやりと見ていた。

 那津が部屋を出て行ってすぐ軽妙な足音が聞こえて来た。すぐにそれが梨奈の物だと分かったので、カップから視線を上げて応接室の入口に向けた。


「チョコちゃん、いらっしゃい」


 予想通り、制服姿のままの梨奈が応接室に駆け込んできた。つい最近まであたしも着ていたはずなのに、なんだかとても懐かしい。それにどうしてだろう、梨奈がとっても眩しく見える。

 梨奈はたたっと軽やかにあたしの元へと駆け寄り、抱きついてきた。

 あたしは驚いたけど、梨奈をかろうじて抱き留めることが出来た。


「チョコちゃん、大変だったね」


 ぎゅっと抱きしめられると、梨奈の甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


「梨奈、いきなり抱きついたりしたらチョコちゃんが驚くだろう」


 那津が後からやってきて、梨奈を見て苦笑している。


「チョコちゃんもいることだし、夕食を一緒に食べるか」


 あたしは帰ってから食べるつもりでいたから、那津のその申し出に思わず目を丸くしてしまった。


「去年はチョコちゃんの家でずっとお世話になりっぱなしだったから、せめてものお返しをしないとな」

「うん、それがいいよ! 久しぶりにチョコちゃんと一緒にご飯が食べたい!」


 お返しなんてそんなものは別に良かったんだけど──そもそもが去年は圭季がほとんどご飯を作ってくれていたし。梨奈に久しぶりに一緒に食べたいと言われたら、断りの言葉を口に出来なかった。


「帰りが遅くなるけど、チョコちゃんは大丈夫?」

「あたしは……」


 明日の授業は午後からだからいいけど、圭季と父がなんと言うだろう。


「圭季にはオレから連絡を入れておくよ」

「あ……うん」


 那津はあたしが圭季に連絡を取りづらいというのを察してくれたらしい。本当は避けていたらダメだって分かっているんだけど、昨日の今日でどうにも圭季と話しにくい。

 梨奈はあたしから離れると、那津のカップを覗き込んでいた。


「二人でお茶してたの? ずるーい!」

「梨奈を待ってる間、チョコちゃんに悪いだろう? だからお茶を飲んでいたんだ」

「むー」


 梨奈は頬を膨らませて、不満だということを那津に示していた。

 那津はそんな梨奈を見て表情を緩ませた。


「……分かったよ。ご飯の後、お茶を飲みながら話をしよう」


 那津はどうやら梨奈に甘いようだ。梨奈はにへらとした笑みを浮かべ、那津に抱きつくと頬に軽くキスをしていた。


「那津、だーいすきっ!」


 那津は真っ赤になり、梨奈に対して怒っている。


「こらっ! 人前でなんてことをっ」

「えへへっ」


 それでも梨奈は那津から離れることなく、ひっついたまま。那津も梨奈を無理矢理はがしたりはしないようだ。

 幸せな二人を見ていると、とても羨ましいと思ってしまう。

 あたしと圭季もいつの日かあんな風に出来るのかな……?

 なんだか今、圭季とは妙なすれ違いが続いていて、どんどんと心が離れていっているような感覚に陥ってしまう。

 あたしは圭季にもっと近づきたかった。

 圭季を理解したかった。

 圭季の苦労を知って、支えたかった。

 人生を共に歩んでいきたかった。

 圭季やみんなに守られているだけなんて、そんなのは嫌だった。

 ……それなのにその手前でこんなにもくじけてしまっている。

 これから先も、きっと今以上に辛いことが待ち受けているというのに、臆病なあたしはもういいやって投げ出したくなっている。

 以前のあたしならここで逃げ出していたと思う。

 だけど大学生になって決めた目標を思い出すと、ここで投げ出すわけにはいかない。

 圭季との未来を望むのなら、あたしはここで逃げたり立ち止まってはいけない。

 那津はきちんと昨日の出来事について話してくれるという。

 ぬくぬくと守られているだけは嫌だ。


「夕飯の準備は出来ているようだから、冷めないうちに食べよう」


 那津の言葉にあたしはソファから立ち上がった。

 真っ直ぐに前を見て、辛くてもあたしは逃げない。

 苦しくて、悲しくて、辛くて泣くかもしれないけど、逃げることはしない。


 あたしは密かに決意した。


【つづく】

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